「二年間の休暇」

ジュール・ヴェルヌ/金子博訳

エキスパンドブック 1169KB/ドットブック版 192KB/テキストファイル 129KB

500円

夏休みの航海旅行を楽しむはずだった15人の少年たちは、事故のため子供たちだけで無人のチェアマン島に漂着。次々と押し迫る危機的状況のなか「集団」として生き残るための全力を尽くす戦いが始まる。幼い知恵と勇気をふりしぼり、ときに衝突しながらも仲間と力をあわせ、無人島での2年間を見事に生き抜いた彼らの姿を、躍動感あふれる筆致で描いた傑作冒険小説。「15少年漂流記」としても知られる。エキスパンドブック版にはベネットによる原著エッチング多数収録。

ジュール・ヴェルヌ(1828〜1905)イギリスのH・G・ウェルズとならぶSFの始祖。フランス西部の港町ナントの生まれ。大学入学資格試験にパスすると、父の希望でパリに出て法律の勉強をはじめるが、弁護士になることはなかった。デュマと知りあって喜劇やオペラ・コミックを書くいっぽう、家庭教師や秘書や株式仲買人として働く。1862年、友人のナダールが大気球をつくる計画を発表、ヴェルヌは熱心にその計画を検討し、当時評判のリヴィングストンのアフリカ探検とからめて、『気球旅行の五週間』を発表、一躍新しいジャンルの作家として認められた。これが「驚異の旅」シリーズの第一弾となり、次々と繰り出した素晴らしい作品によってヴェルヌはSF小説の父とまで言われるようになった。代表作『地底旅行』『海底二万リーグ』『月世界旅行』『皇帝の密使』『グラント船長の子供たち』。

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 一八六〇年三月九日の夜、たれこめた雲で数間(すうけん)先しか見通しはきかなかった。
 荒れ狂うこの海の上を、ほとんど帆も張っていない小さな船が、飛ぶように走っていた。それは百トンの帆船で、イギリスやアメリカではスクーナーと呼ばれている船である。
 スルーギ号というのがこのスクーナー船の名だったが、船名を読もうとしてもできない相談だ。艫(とも)の下の船名を書いた板が……波のためか、それともなにかが当たったのか……事故だろう、あらかたはがれてしまっていた。
 午後十一時だった。このあたりの緯度では三月のはじめには夜はまだ短い。
 三人の少年、ひとりは十四、ふたりは十三、それともうひとり、十二歳くらいの黒人の見習水夫が、スルーギ号の船尾で操舵輪(そうだりん)を守っていた。船の針路がゆれないように、そこで彼らは力を合わせていたのだ。真夜中少しまえ、すさまじい大波が側舷(そくげん)にくずれ落ちた。舵(かじ)がもがれなかったのが奇跡だった。
 波に打ち倒された少年たちは、どうやらじきに起きあがった。
 「舵はだいじょうぶか、ブリアン」とひとりが叫んだ。
 「だいじょうぶ、ゴードン」とブリアンは答えると、すぐ少年水夫をふり返って、
 「モコ、けがしなかったかい?」
 「はい、ブリアンさん」と水夫は答えた。
 このとき、ハッチの蓋(ふた)が勢いよくあいて、ふたつの小さな頭と一匹の犬の首がいっしょに現われた。
 「ブリアン……ブリアン……」と叫んだのは九歳の子どもだ。「なにがあったの?」
 「なんでもないよ、アイヴァースン、なんでもない」とブリアンは答えた。「下に行ってなさい、ドールと……さあ、早く、早く」
 「だって、とってもこわいんだよ」と言ったもうひとりの少年は、さらに少し幼かった。
 「みんなはどうしている?……」とドニファンがきいた。
 「みんなこわがっているよ」とドールが答えた。
 「いいかい、ふたりとも降りるんだ」ブリアンは言った。「なかにはいって、布団(ふとん)にもぐってなさい。あぶないことはないよ」
 「気をつけて! ……また波が!」モコが大声をあげた。
 船は激しい衝撃を船尾にうけた。

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