「三文オペラ」

ベルトルト・ブレヒト/ 酒寄進一訳

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500円

ロンドンの大泥棒メッキは当地の乞食界を牛耳る大物ピーチャムの一人娘ポリーとひそかに結婚する。ピーチャム夫婦はメッキを葬ろうと画策し、警視総監ブラウンをけしかける。だが、ブラウンとメッキは裏でつながる仲だった。メッキは売春婦の裏切りで入獄するも、ブラウンの娘ルーシーの助けで脱走、だが再び売春婦の裏切りで捕まり絞首台へ。最後の土壇場でメッキは国王の恩赦で釈放、貴族に列せられる。英国のジョン・ゲイの「乞食オペラ」をもとに作曲家クルト・ヴァイルとの協力で完成したこの作品で、ブレヒトの名は一躍世界に知られることになった。この翻訳は現代の生きた日本語を駆使してなった現代を反映する新訳である。

ベルトルト・ブレヒト(1898〜1956)「叙事的演劇」を唱え二十世紀の演劇に革命を起こしたドイツの劇作家、詩人。本書の上演成功で世界的な名声を得るが、ナチに追われ亡命作家となる。第二次世界大戦後、東ドイツに居を構え、劇団ベルリナー・アンサンブルを結成。 主な戯曲作品に『肝っ玉おっ母とその子どもたち』『セチュアンの善人』『コーカサスの白墨の輪』『ガリレイの生涯』など。

立ち読みフロア

序幕

ソーホーの歳の市。乞食はもの乞いをし、盗人は盗みを働き、売春婦は春を売っている。大道歌手は大道歌を歌っている。

No.2  メッキ・メッサーの大道歌

海にはシャーク するどい歯を
ずらっと並べた 口をあけ
陸にはメッキ やつならナイフ
目にもとまらぬ ナイフさばき

お日さま光る 日曜日
目抜き通りに 死体がひとつ
路地裏に消える あいつはだれだ
その名はメッキ・メッサー

おっと シュムール・マイヤー どこに消えた
あいつはリッチな ユダヤ人
やつの金を 使うはメッキ
証拠はなにも ないけどね

〔下手から上手へピーチャムが妻、娘と通りすぎる。散歩を楽しむように〕

ジェニー・タウラー 胸をひとつき
ナイフで刺され ころがっていた
見ろよ波止場を メッキ・メッサー
そしらぬ顔で 歩いているぜ

真っ赤に大火事 ソーホー焼けた
ガキが七人 じじいがひとり
野次馬にまぎれた メッキ・メッサー
あいつの正体 知る奴いない

年端もいかぬ 未亡人
名前はみんな 知っているぜ
気づけばすでに おもちゃになってた
メッキ おまえ やりすぎじゃないか

【ジェニー】 あれがメッキ・メッサーさ。

〔小さな幕がおりる〕


第一幕

 第一場

パネルに以下のタイトル─《世の中せちがらくなるばかり。商売人ピーチャムは、悲惨の極みを演出し、ますます冷たくなる人の心を揺さぶるべく、フランチャイズビジネスに乗りだした。》

ジョナサン・ジェルマイヤ・ピーチャムの乞食衣裳部屋。着替えのための小さな更衣室。書見台。扉(下手)。小さな鉄の階段(上手)。義足、両足のない者が乗る台車、古着がところ狭しところがっている。聖書の言葉を書いたパネルも多数並べてある。上手のショーケースに人の憐れみをさそう基本タイプを示す五つの蝋人形が並べてある。

No.3 ピーチャムの朝の賛美歌

〔ピーチャム夫人、隣の部屋でいっしょに歌う〕

目を覚ませ 地に墜ちた者
罪深き暮らし つづけるがいい
悪党は悪党らしく 見本を見せてみろ
主の報いを食らえ いい気味だ
売り飛ばせ 兄弟 ろくでなし
売りに出せ 女房 ごくつぶし
天にまします神は 空気じゃない
最期の審判 おまえに下る ざまあ見ろ

【ピーチャム】 〔話す〕いやあ、よわった。なんとかしないとねえ。このままじゃ、商売あがったりだよ。うちの商売、同情に訴えるところがミソでね。もちろん人間の心を揺さぶる手口はまだまだあるけど、ちょっと使うとすぐ効き目がなくなっちまう。まったく困ったもんさ。人間ってやつには、都合が悪いと冷酷になれるって恐るべき特技があるからね。片腕がない男を見かけたら、はじめはびっくりして十ペンスくらい平気で出すだろうが、二度目には五ペンスにけちり、三度目には警察につき出すだろう。まったく冷たいものさ。ほら、こういうありがたい言葉もまるで効き目なしだ。

〔「与えることは奪うことよりも幸いなり」と書かれた大きなパネルが舞台の天井から降りてくる〕

どんなに立派な言葉をシャレたプラカードに書いても、すぐにあきられちまう。聖書にはまだ胸を打つ言葉がいくつかあるが、それまであきられたら、もうおまんまの食い上げだ。たとえば、これ。「与えよ、さらば与えられん」これなんか、ここにつるして三週間で古びちまった。年じゅう新しい言葉を考えなくちゃならん。またぞろ聖書をひっぱり出すしきゃないか。いくら聖書だって、いつまでもつかわからんぞ。

〔ノックの音。ピーチャム、ドアをあける。フィルチという若い男が入ってくる〕

【フィルチ】 ピーチャムさんの会社ってここっすか?
【ピーチャム】 おれがピーチャムだが。
【フィルチ】 乞食同友会の社長さんっておたく? おたくのところへ行くようにいわれてきたんすよ。おお、こりゃ、ずらっとありがたい言葉が。なかなかの財産すね。よくまあ、集めたもんすね。イカスなあ。おれたちじゃあ、こうはいかない。教養ないしね。商売がうまくいかないのもあたりまえか。
【ピーチャム】 名前は?
【フィルチ】 いや、ぶっちゃけいうとね、ピーチャムさん、おれ、ガキのころからついてなくて。おふくろはキッチンドリンカー、おやじはギャンブラー。小さいうちからほっとかれてね。母親の愛情も知らずに、大都会の泥沼にはまって足が抜けなくなっちまった。おやじの背中を見て育つなんてことなかったし。家庭の温もり? まったく縁がなかったね。おかげで、こういうザマに……。
【ピーチャム】 たしかにザマねえな……。
【フィルチ】 〔どぎまぎする〕もうヤバヤバっす。これが世間の荒波ってやつっすかねえ。
【ピーチャム】 哀れ、波にもまれる沈没寸前の難破船ってわけか。ところで難破船、おまえ、どの地区でそんな子どもだましの戯(ざ)れ歌を歌ってた?
【フィルチ】 えっ、どういうことっすか、ピーチャムさん?
【ピーチャム】 今の話を人前で披露したんじゃないのか?
【フィルチ】 大当たり、ピーチャムさん。昨日、ハイランド通りで、からまれちゃって。おれ的には、おとなしく街角に立って、お涙ちょうだいって感じで帽子をさしだしてただけなんすよ。まさかあんなにボカスカやられるなんて……。
【ピーチャム】 〔手帳をめくりながら〕ハイランド通り。あった、あった。昨日、ハニーとサムがしぼりあげたトーシローってのは、おまえだな。おまえ、よくも十区の通行人に迷惑をかけたな。ぶちのめすだけですませたのは、おまえがなにも知らなかったからだ。もう一度やってみろ、ノコギリでギコギコひいてやるから、覚えとけ。
【フィルチ】 勘弁してよ、ピーチャムさん。どうしろっていうんすか? おれ、あのふたりにズタボロにされてから、あんたの名刺を渡されたんすよ。服、脱いで見せます? まるで棒ダラみたいすよ。
【ピーチャム】 おまえなあ。ヒラメみたいにペチャンコにされなかっただけ、ありがたく思え。うちの連中が手抜きしたおかげだ。それを、この青二才、のこのこやってきやがって。盗人たけだけしいとはおまえのことだ。もしもおまえの池から上等なマスをかっさらう奴がいたら、おまえ、どうする?
【フィルチ】 そうすねえ、ピーチャムさん。だけど、池なんて持ってないからなあ。
【ピーチャム】 いいか、営業許可証はプロにしかださない。

〔ビジネスライクに市街地図を出す〕

ロンドンは十四の地区に分かれている。そこで乞食をやりたいやつはみんな、このジョナサン・ジェルマイア・ピーチャムさまが経営する乞食同友会の営業許可証がいるんだ。みんなといったら、みんなだ。世間の荒波にもまれた難破船でもだ。
【フィルチ】 ピーチャムさん、おれの持ち金、たったの数シリングなんすよ。これを手放したら、文無し。二シリングで、なんとか手を打ってくれないすか?
【ピーチャム】 二十シリングだ。
【フィルチ】 そこをなんとか。

〔フィルチ、拝むようにして「悲惨に対して汝らの耳を閉ざすなかれ」と書かれたポスターを指さす。ピーチャム、ショーケースのカーテンに書かれた「与えよ、さらば与えられん」という言葉を指さす〕

【フィルチ】 十シリングじゃ、だめ?
【ピーチャム】 しょうがない。その代わり所場代として毎週の上がりの五割をもらうからな。衣裳を借りた場合は七割だ。
【フィルチ】 衣裳って、どんなのがあるんすか?
【ピーチャム】 それは同友会が決める。
【フィルチ】 どの地区で乞食をやらしてくれるんすか?
【ピーチャム】 〔大きなロンドン市街地図のまえで〕ベーカー通り二番地から一〇四番地のあいだだ。あそこなら格安にしてやる。衣裳つきで五割だ。
【フィルチ】 それでオッケーす。〔フィルチ、金を支払う〕
【ピーチャム】 おまえのフルネームを教えてもらおう。
【フィルチ】 チャールズ・フィルチっす。
【ピーチャム】 〔叫ぶ〕おーい、おまえ!〔ピーチャム夫人、現れる〕こいつはフィルチだ。契約番号三一四。担当地区はベーカー通り。台帳にはおれが書きこんでおく。うまい具合にもうすぐ戴冠式があるから、その前に配属してやろう。こんな金をせびれるチャンス、一生に何度もないぞ。タイプCでいこう。

〔ピーチャムは右手のショーケースの前へ行き、カーテンをあける〕

【フィルチ】 なんすか、これ?
【ピーチャム】 これこそ、人の心を揺さぶる五つの基本タイプだ。これを見ると、だれしも無性に金を出したくなるものなんだ。さて、タイプCだが、おい、シーリア、おまえ、また酔っぱらってるのか? 目をとろんとさせやがって。一三六号が衣裳のことで文句をいってたぞ。なんどいったらわかるんだ。ジェントルマンは汚い服を着ないものだ。一三六号は新品の衣裳の代金を払っているんだ。人の同情に訴えるシミだって、ロウソクのワックスをアイロンでしみこませて作らなくちゃならなかったんだ。すこしは頭を使え。おれが目を光らせていないと、ろくなことにならん。〔フィルチに向かって〕服を脱いで、これを着な。雑に扱うなよ!
【フィルチ】 おれの私物はどうなるんすか?
【ピーチャム】 うちでいただく。タイプA。落ちぶれた若者、ないしは小さいころから親に見捨てられた若者だ。
【フィルチ】 なあるほど、リサイクルするってわけっすね。それなら、おれがおちぶれた若者をやったほうが手っ取り早くないすか。
【ピーチャム】 それじゃ、まんまじゃないか。そんなのだれも信じやせん。腹痛になったとき、腹が痛いっていってみろ、みんな、やな気分になるだけだろう。つべこべ言わず、渡された衣装を着ればいいんだよ。
【フィルチ】 なんか、これ、ばっちいな。〔ピーチャム、じろっとにらむ〕っと、すんません、すんません。
【ピーチャム夫人】 ちょっと〜、ぐずぐずしないでよ。いつまであたしにズボンを持たせるのさ。クリスマスになっちゃうじゃない。
【フィルチ】 〔いきなり激しい口調で〕だけど、ブーツは脱がないすよ! 絶対やですからね。そのくらいなら、乞食をやめます。これはあわれなおふくろからもらった、たったひとつの贈り物なんすよ。どんなに落ちぶれたって、これだけは絶対に……。
【ピーチャム夫人】 ぐだぐだいってんじゃないよ。きたない足をしてるくせに。
【フィルチ】 だって、洗いようがないっしょ。真冬なんだもの。

〔ピーチャム夫人、衝立の後ろにフィルチを連れていき、それから下手で椅子に腰掛け、ロウソクをアイロンで上着にしみこませる〕

【ピーチャム】 おい、あの子はどこだ?
【ピーチャム夫人】 ポリーかい? 上だよ!
【ピーチャム】 例の奴、昨日もまた来たのか? おれが留守のときにかぎって来やがる。
【ピーチャム夫人】 そんなに勘ぐらなくてもいいじゃない、ジョナサン。あんな紳士はそんじょそこいらにいないよ。キャプテンたら、うちのポリーにほの字でさあ。
【ピーチャム】 そうかい。
【ピーチャム夫人】 ポリーもあの人に気があるみたいでねえ。
【ピーチャム】 シーリア、娘を安売りしちゃだめだ。おれは億万長者か? まさか結婚させるつもりじゃないだろうな! そんなクズ野郎にうちの企業秘密をのぞかれたら、一週間もたたないうちに店じまいしなくちゃならなくなる。そう思わないか? 花嫁! 結婚なんかしたら、そいつになんでも筒抜けだ! そうとも。おまえだってベッドじゃ口が軽い。娘の口が固いわけないだろう。
【ピーチャム夫人】 自分の娘にずいぶんじゃない。
【ピーチャム】 あの子はサイテーさ。あんなしょうもない奴はいない。色恋しか頭にないんだからな。
【ピーチャム夫人】 そこだけはあんた譲りね。
【ピーチャム】 結婚! あいつは、いざというときの切り札なんだからな。〔ピーチャム、聖書をめくる〕え〜と、たしか聖書に書いてあったぞ。結婚というのはそもそも汚らわしいものだってな。あいつを考え直させなくちゃ。
【ピーチャム夫人】 ジョナサン、あんた、古いねえ。
【ピーチャム】 古いだと? それより、その紳士とやらの名前はなんていうんだ?
【ピーチャム夫人】 さあ。みんな、キャプテンとしか呼ばないからねえ。
【ピーチャム】 名前も聞いてないのか?
【ピーチャム夫人】 だってあんなに上品で、あたしたちを烏賊(いか)ホテルのダンスホールに誘ってくれたのよ。出生証明書を見せてくれなんて、そんな格好悪いこといえる?
【ピーチャム】 なにに誘われたって?
【ピーチャム夫人】 烏賊ホテルのダンスホールよ。
【ピーチャム】 キャプテンといったよな。それで烏賊ホテルだと? なるほど……。
【ピーチャム夫人】 なにせあたしや娘の手をとるときでも、なめし革の手袋をはずさないくらい上品なんだよ。
【ピーチャム】 なめし革の手袋!
【ピーチャム夫人】 とにかく手袋をはずすことがないのよ。その手袋が白くてね。なめし革の白手袋なのさ。
【ピーチャム】 なるほど、なめし革の白手袋な。まさか象牙のにぎりのステッキをもっていなかっただろうな。エナメルの靴をはいてて、スパッツをつけてなかったか。そして気取った奴で、傷跡がひとつ……。
【ピーチャム夫人】 そうそう、首筋にひとつ。なんで知ってるの?

〔フィルチ、衝立から出てくる〕

【フィルチ】 ピーチャムさん、ちょっといいすか? 指示が欲しいんすけど。適当ってのが苦手で。
【ピーチャム夫人】 指示をくれってさ!
【ピーチャム】 それじゃ、ぼんくらの役をやらせよう。
【ピーチャム夫人】 それはぴったりだね。
【ピーチャム】 ああ、ばっちりだ。今晩六時に出直してこい。必要なものをそろえておく。わかったら、出ていけ!
【フィルチ】 ありがとう、ピーチャムさん、ありがとう。
【ピーチャム】 おい、五十パーセントだからな!──さて、今度はおまえに教えてやろう。その革手袋の紳士は、なにを隠そう、メッキ・メッサーだよ!

〔ピーチャム、上手の階段をかけあがる〕

【ピーチャム夫人】 なんだって、メッキ・メッサー? やばいよ。やばすぎだよ。神様、お助け! こうしてはいられないわ。ポリー! ポリー! ポリーが大変!

……「序幕」から「第一幕・第一
場」

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