「好色五人女」

井原西鶴作/福島忠利訳

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300円

お夏、おせん、おさん、八百屋お七、おまんの五人の女の命をかけた恋を描いた西鶴の実録ものの代表作。当時、親の目を盗んでの恋愛は不義密通の名で呼ばれ、これを犯した者は勘当され、それが自分の娘であった場合は、親はお上に訴えて打首、あるいは島流しにすべしという法令までできていた。まして人妻の恋愛となれば、現場で討ち果たすべしという法令があり、逃げても捕まれば磔刑(はりつけ)であった。五人女は、そういう道徳や制度と対決して、愛に生き、かつ死んだ。

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 春の海はしずかに、宝船が浪(なみ)を枕(まくら)にいかりをおろして、播摩(はりま)国室津(むろつ)はなかなかににぎやかな大港(おおみなと)である。ここに酒造りを商売とする和泉(いずみ)清左衛門(せいざえもん)という者があった。家が栄えて、万事に不足なく、しかも跡とり息子に清十郎という者がいて、もって生まれた男振りは、業平(なりひら)の絵姿よりもすぐれていた。
 だが、女好きのする美男子ゆえに、十四の秋から遊蕩(ゆうとう)に身をもちくずし、室津の色里(いろざと)に遊女が八十七人いたのを、いつとはなく関係をもたぬ女がなくなった。かの女たちのよこした誓いの手紙は数えきれぬ束になり、誓いの爪は手箱にあふれた。また切らせた黒髪は、大綱をなうこともできるほど多かったが、この情愛の綱を見れば、いかに嫉妬深い女でもほろりとして心をつながれるであろう。
 毎日遊女から届く手紙がすぐ山のようになり、遊女の贈物である紋付小物の数も多かったので、蔵につめこんだ。三途(さんず)の川の奪衣婆(たつえば)も、つみ重ねたぼう大な小袖を見ればあきれて衣を剥(は)ぐ欲がうすれ、大坂高麗(こうらい)橋の古着屋でも、あまりの多さに値段のつけようがあるまい。蔵の戸口に「浮世蔵」と書きつけたのを見て、「このたわけ者がいつになったら商いの道にもどるのか。このままではおっつけ公儀(こうぎ)の勘当帳に名前がのるにちがいあるまい」と、世間の人が心配してくれた。

 でもやめがたいのは色道である。そのころ清十郎は皆川(みながわ)という女郎になじんでいたが、一方(ひとかた)ならない仲になって命までもとちぎり、人のそしりや世間の評判をなんともおもわず、月夜に提灯(ちょうちん)どころか、まつ昼間に座敷の建具(たてぐ)をしめきって灯(あかり)をともさせ、昼のない国の遊びをして、たわむれた。

……巻一 「お夏・清十郎」より


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