「月と六ペンス」

モーム/龍口直太郎訳

ドットブック版 1724KB/テキストファイル 258KB

600円

ストリックランドは妻も子供もあり、ロンドンでなに不自由ない暮らしを送る株式取引所員。その男がある日、なんの前触れもなく、なんの書置きもなく突如として失踪する。パリに出て絵を描くために! ゴーギャンの絵と生涯に魅せられたモームが長い熟成期間ののちに発表した傑作。 ドットブック版にはゴーギャンの絵を9点収録した。

サマセット・モーム(1874〜1965) 二十世紀のイギリスを代表する作家。複雑な人間の心理に鋭いメスを加え、読者のつきせぬ興味をかきたてる精緻をきわめた描写で知られる。代表作 「人間の絆」「お菓子とビール」「剃刀の刃」のほか、数多くの多彩な短編の書き手としても有名。

立ち読みフロア
 はじめてチャールズ・ストリックランドと近づきになったとき、私は正直なところ、まさかこの人物に人並みはずれたところがあろうなどとは夢にも思わなかった。ところが今では、彼が偉大な画家であることを否定するものがほとんどないといっていい。しかし、ここにいう偉さとは、時運《じうん》にめぐまれた政治屋とか、功成《こうな》り名とげた軍人のそれではない。そういうたぐいの偉さは、人物そのものに内在するというよりも、むしろその人物の占めている地位に付随するものである。だから、その種の人がいったんその座からすべり落ちると、まるで人目にたたない存在になる。職を辞した総理大臣が一介《いっかい》の大言壮語居士《こじ》になりさがったり、軍籍を離れた将軍が、市《いち》の立つ町の、毒にも薬にもならぬお飾りにまつりあげられたりするといった実例は枚挙《まいきょ》にいとまがないくらいだ。
 そこへいくと、チャールズ・ストリックランドの偉さは本物なのだ。彼の作風を好む好まぬは別として、その作品が見る者の心をひきつけることだけはたしかだ。彼の作品は見る人の心をかき乱したあげく、それをとりこにしてしまう。彼の作品が冷笑の的だった時代はすでに終わり、彼を弁護したり称揚《しょうよう》したりしても、もはや変わり者だとかつむじ曲がりだとかいわれる気づかいはなくなった。その欠点も彼の長所を完全に生かすうえに欠くべからざるものと認められるようになった。今日でも、彼の芸術上の地位を疑問視することは可能だし、それにまた、ほめちぎる人たちの賛辞も、けなしつける人びとの酷評に劣らず眉《まゆ》つばものだが、一つだけ疑う余地のない点は、彼が天才だということだ。私にいわせると、芸術上の最大関心事は芸術家の個性である。それさえ非凡なら、ほかにいくら欠点があろうといっこう平気なのだ。エル・グレコ〔一五四八〜一六一四。クレタ島で生まれ、スペインに住んだ画家・建築家・彫刻家〕よりベラスケス〔一五九九〜一六六〇。スペインの画家〕のほうが画家としては一枚上手《うわて》だと思うが、ベラスケスの作品は見つけると飽《あ》きがくる。ところがエル・グレコの作品には、官能的な悲壮感がただよい、まるで自分をいけにえにでも供するかのごとく、たえず内心の秘密を露呈している。およそ芸術家たるものは、画家たると詩人たると作曲家たるとを問わず、その作品に荘厳または華麗な粉飾《ふんしょく》をほどこして、われわれの美感を満足させてくれるものである。美感はしかし性本能に近いものであり、それだけにいくぶん性的な嗜虐性《しぎゃくせい》を含んでいる。だが、それだけでなく、芸術家はまた、美感以上の贈り物として、自分自身をわれわれの眼前に投げ出してくれる。それをたよりに芸術家の意中を探るのは興趣《きょうしゅ》満点で、ちょっと推理小説でも読むような感じである。しかし、それは宇宙の神秘に似た一種の謎《なぞ》であり、解答の得られぬところがミソである。どんなつまらぬ作品でも、ストリックランドの描いたものには、彼の異常な、苦悶《くもん》にみちた、複雑な個性がにじみ出ている。だからこそ、彼の作品がきらいな連中でも、それに関心をもたぬわけにいかず、彼の生活と性格を知りたくてたまらなくなるのだ。
 ストリックランドの死後四年にしてはじめて、モリース・ユレが『メルキュール・ド・フランス』誌〔フランスの有名な文芸雑誌で、今日は廃刊〕に一文を寄稿して、世人の記憶から消え去っていたこの無名の画家を拾い上げ、率先《そっせん》してその真価を世に紹介した。その後も、ユレの説をほとんどそのまま受けついだいく人かの批評家が輩出《はいしゅつ》した。フランスにおいてユレほど長期間にわたり不動の権威を保ちつづけた批評家はほかにいない。彼の主張には人を感銘させずにはおかぬところがあった。当初はそれが一見、人の意表に出るかのように思われたが、その後の批評は彼の評価の正しかったことを確認してきた。そんなわけで、チャールズ・ストリックランドの今日の名声も、当時、彼が設定した方向に沿って確立されているのである。彼のおかげでストリックランドが一躍名をあげるに至ったのは、美術史上でもきわめて異例なできごとの一つである。しかし、ここで私の語ろうとするのは、チャールズ・ストリックランドの作品論などではなくて、ひたすら彼の性格についてである。世間には、どうせ素人《しろうと》に絵などわかりっこないのだから、これはいいと思ったら、黙って財布のひもを解くのが一番だ、などと横柄《おうへい》な口をきく画家もいるが、そんな意見には承服しかねる。それは芸術作品を玄人《くろうと》だけにしかとうていわからない技巧の産物と見る、とんでもない了見《りょうけん》ちがいだ。芸術は情緒《じょうちょ》を表現するものであり、情緒は万人に通じる言葉なのだ。とはいっても、技巧について具体的なこともわからぬような批評家に、作品の真価を論じる資格などまずありそうもないことも、私が絵にかけてはまったくの明き盲《めくら》であることも、いさぎよく認める。だが、ありがたいことに、私はそんな知ったかぶりをする必要がないのだ。なぜなら、チャールズ・ストリックランドの作品については、一流の画家でもあり練達な批評家でもある、わが友エドワード・レガット氏が、その小著〔『一人の現代芸術家――チャールズ・ストリックランドの作品についての覚書』〕の中ですでに余すところなく論じつくしているからだ。なお、その著作はまた、がいしてイギリスよりもフランスのほうがずっと堂に入っている美文体の文章のお手本でもある。

……冒頭より

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