「七匹の黒猫」

エラリー・クイーン/真野明裕訳

ドットブック版 184KB/テキストファイル 140KB

400円

エラリー・クイーンは「悲劇四部作」や「国名シリーズ」などの手のこんだ本格謎解きミステリーで有名であるが、ずっと気楽に読める多くの短編ミステリーも書いた。この短編集には「七匹の黒猫」「アフリカ帰り」「正気にかえる」「神の燈火(かがりび)」のそれぞれ雰囲気の異なる4篇を収めてある。長編ではわからないクイーンのユーモアや軽妙な側面がわかる。
立ち読みフロア

 アムステルダム・アヴェニューにあるミス・カーリーのペット・ショップの入口の鈴がちりんと鳴って、エラリー・クイーン氏が鼻にしわを寄せて店内へ入ってきた。敷居をまたいだとたん、彼は自分の鼻が大きくなく、しかも一応の用心に鼻にしわを寄せておいたことをありがたく思った。その小さな店の臭気の程度と種類の多さを考えたら、かのニューヨーク動物園も肩身の狭い思いをするにはあたるまい。というほどなのに、その店にはごくちっぽけな動物しか置いていないと知って、彼はびっくりした。動物たちは、エラリーが店内に一歩足を踏み入れるやいなや、一斉に吠え、叫び、うなり、わめき、ブーブー、キーキー、ギャーギャー、カーカー、ギーギー、チーチー、シューシュー、ウーウーと一大合唱をはじめ、屋根の落ちないのが不思議なくらいだった。
「いらっしゃいませ」と、きびきびした声が迎えた。
「店主のカーリーでございます。どうぞ、ご用の向きをおっしゃってください」
 猛烈な騒々しさのただ中で、エラリー・クイーン氏は我知らず、生き生きとした目にじっと見入っていた。ほかにも見るべき箇所はあった――なにしろ相手は小ぎれいな若い女で、たとえば、ティティアーノ風の豊かな金茶色の髪と、曲線美と、少なくとも片方のほほにえくぼがある――が、さしあたり彼の注意を強く惹きつけたのは、その目だった。ミス・カーリーは顔を赤らめながら、もう二度同じことを言った。
「どうも失礼」とエラリーは急いで言って、当面の問題にもどった。「どうも動物の世界では声量や――そのー――匂いと、体の大きさとは釣合いがとれてないようですね。生きていると、いろいろ教えられますよ! カーリーさん、比較的うるさくなくて匂いもよく、毛並みは縮れた茶色で、せんさく的な耳が半分立っていて、後足の曲がっている犬を買いたいんですが、どんなもんでしょう?」
 ミス・カーリーは眉をひそめた。あいにくアイリッシュ・テリヤは売り切れで、一匹だけ残っていた子犬も客が飛びつくようにして買っていってしまったそうだ。ひょっとしてスコッチ・テリヤでは――?
 今度はクイーン氏が眉をひそめた。だめ、だめ、やかまし屋のジューナにアイリッシュ・テリヤを手に入れるように特に申しつかってきているのだ。陰気くさい顔をした、ちんちくりんの代用品ではことがすまないのは必定だった。
「明日、ロングアイランドの犬飼育場(ケネル)から連絡が入るはずになってますの」ミス・カーリーが商売人らしく言った。「お名前と住所を書いていっていただけます?」
 その若い女の目に見入っていたクイーン氏は、喜んでそうすることにした。紙と鉛筆を受け取ると、すぐさまいそいそと書きつけた。
 彼の書いたものを読んだとたん、ミス・カーリーは商売向けの顔をかなぐり捨てた。「エラリー・クイーンさんでしたのね!」と勢いこんで叫んだ。「まあ、驚きましたわ。あなたのお噂はたんとうかがってましてよ、クイーンさん。あなたがついそこの角を曲がった八十七丁目に住んでいらっしゃるなんて! ほんとに感激ですわ。お目にかかれるなんて思ってもみなくて――」
「ぼくも」クイーン氏がつぶやいた。「ぼくもですよ」
 ミス・カーリーはまた赤くなって、無意識に髪に手をやった。「うちのお得意さまのお一人がお宅のすぐ向かい側に住んでらっしゃるんですのよ、クイーンさん。まあ一番の常得意と言ってもいいですわね。たぶん、ご存じなんじゃありません? ミス・タークル――ユーフィーミア・タークルっておっしゃるんですけど。ほら、あの大きなアパートに住んでらっしゃるんです」
「残念ながらまだお目にかかったことがないですな」クイーン氏はうわの空で答えた。「あなたはじつにたぐいまれなる目をしてらっしゃる! つまり、その――ユーフィーミア・タークルですって? おや、おや、この世にはいろいろ思いがけない不思議なことがあるもんですね。その方は名前と同じくらい変わった人ですか?」
「そんなこと言っちゃお気の毒ですわ」ミス・カーリーはぴしゃりとたしなめた。「でもたしかに、そう言っちゃ何ですけど、ちょっと変わってますわね。リスのような顔をしたお年寄りで、しかも(ヽヽヽ)寝たきりの病人ですの。中風なんですのよ。それはもう風変りで、弱々しくて、とてもちっちゃな方。ほんとのところ、まったく気違いじみてるんです」
「そりゃきっと魔女ですな」クイーン氏はカウンターから自分のステッキを取り上げながら、気まぐれに言った。「猫を飼ってるでしょ?」
「あら、クイーンさん、いったいどうしておわかりになりますの?」
「つきものですからね」クイーン氏は重苦しい声音で言った。「猫が」

……「七匹の黒猫」より

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