H・G・ウェルズ傑作短編集2

「怪鳥イーピヨルニスの島」

H・G・ウェルズ/浜野輝訳

ドットブック 233KB/テキストファイル 133KB

500円

「タイム・マシン」で一挙にSF世界を創始したウェルズは、短い期間に多くのSF名編を書きつぐとともに、多才な才能を駆使して多くの名作を残した。この短編集には、万物の霊長という人間の思い上がりにユーモラスな冷水を浴びせる表題作のほか、ファンタジーと風刺にあふれる『盲人の国』『くぐり戸の中』『愛の真珠』『溶鉱炉』『最後の審判』、現代の不安と狂気を描く異色作『クローケー・プレーヤー』をおさめた。
立ち読みフロア
 顔に傷のある男が、テーブルにからだを乗り出してきて、わたしの包みをじっと見た。
「そりゃ、蘭《ラン》だね?」
「ええ、少しですが」とわたしは答えた。
「シプリペディウム種だな」
「おもにそうですよ」とわたしは言った。
「なにか新しいやつがあったかね? いや、あるとは思えんな。なにしろ、わしは二十五年か二十七年前、ここらの島を採集して歩いたからな。あんたが、ここでなにか新しいのを見つけたとすれば――そうね、まるっきり新種だろうね。わしはそんなにたくさんは取り残してはいないはずだからなあ」
「ぼくは採集家ではありませんよ」とわたしは言った。
 するとかれは「そのころ、わしも若かったなあ」と言った。「やれ、やれ、まったくよくあちこちぴょんぴょん飛びまわったもんだ」かれはわたしのことを頭のてっぺんから足の先まで、まるでものでもはかるかのようにじっと見ながら言った。「東インド諸島に二年、ブラジルに七年もいた。それからマダガスカル島にも行ったもんだ」
「ぼく、二、三の探険家でしたら名前ぐらい知っていますよ」と、なにか珍しい話でも期待するかのように言った。「いったいどなたのために採集をおやりになったのですか?」
「ドーソン探検隊だ。あんた、ブッチャーという名を聞いたことがあるかね?」
「ブッチャ―、ブッチャ―ですって?」その名前はぼんやりわたしの心の中に残っていた。それでわたしはブッチャ―・V・ドーソンのことを思い出した。
「そうなんですか!」とわたしは言った。「あなたなんですか、四年間の給料のことで訴訟を起こしたのは――無人島に置きざりにされたということで……」
「いや、おそれ入ったね」と顔に傷のある男がちょっとおじぎをしながらそう言った。「おかしな訴訟でしたろ? あの島にいたんだがね、わしもちょっとした財産をこしらえていたわけだ。でもなあ、わしにはそれを催促することはできなかった。そこにいるあいだ、そのことをずっと考えながら、人知れずひとり面白がっていたよ。わしは計算した――でっかい額だったなあ――あの罰当たりめのさんご礁一面を数字で飾ったもんだ」
「でも、どうしてそんなことになったのですか?」ときいた。「訴訟のこと、はっきりおぼえていないのですが」
「そうかい……あんた、イーピヨルニスのこと、聞いたことあるかな」
「ええ、ありますよ。友人のアンドルースが、つい一ヶ月ぐらい前、新種について研究しているところだと話してくれました。そうです、ぼくがちょうど船出する前でした。大腿骨が発見されたのです。長さ、ほぼ一ヤード、まったく怪物だったにちがいありません!」
「わしもそう思うな」と顔に傷のある男が言った。「そりゃー、怪物だった。シンドバッドのロック鳥はきっとやつが伝説になったんだろうなあ。でも、それが見つかったのはいつかな?」
「三、四年前――たぶん――一八九一年だったと思いますよ、どうして、そんなこと、聞くんですか?」
「なぜって、そりゃ、あんた、わしも見つけたからだよ――おお!――もう、かれこれ二十年にもなるか。ドーソン探検隊が給料をケチらなかったら、あの鳥は檻《おり》の中にちゃんと囲われていただろうよ……でも、あの糞いまいましいボートを漂流させるしかなかったからなあ」
 かれは少し話をやすんだ。
「わしの見当じゃ、それはきっと同じ場所だろう。沼地みたいなところでな、アンタナナリヴォの北のほう、ざっと九十マイルぐらい離れたところにあったっけ。あんたも、ひょっとしたら知っているだろう。海っぷちに沿ってボートでいかなくちゃならないところだ。おぼえていないかね?」
「おぼえていませんよ。しかし、アンドルースが沼地のこと、どうのこうの言ってたと思います」
「いや、きっと同じところにちがいない。東海岸にあるんだ。水になにかあるんだろうな、だからものが全然腐らねえ。クレオソートのような臭いもする。で、西インドのトリニダット島のことを思い出したなあ。ところで、あんたの友だちは卵見つけたかね? わしの見つけた卵には一フィート半てなでっかいやつもあった。沼地がまるく取りかこんでいて、卵をまわりの場所から切り離していたんだ。そう……あそこじゃ、まったくひでえ目にあった! わしはそれを偶然見つけた。わしはふたりの原地民の子供といっしょに探しにいった、しっかりとたがいにゆわえつけられてあった妙なカヌーのひとつに乗って。みんな同時に卵を見つけた。そのとき、テントと四日分の食いものを持っていった。足場のいいところをえらんでテントを張ったけど、そのときのことを思うと今でもあのおかしなタールの臭いがぷんぷんしてくらあ。妙な仕事だった。鉄の棒でさ、泥の中を突っついて探すんだからなあ。だからたいてい卵がつぶれちゃう。イーピヨルニスが実際に生きていたときからどのくらいたっているのかな。宣教師の話だと原地民のあいだではイーピヨルニスが生きていたときの伝説がまだ残っているとのことだったが、わし自身、そんな話なんにも聞いてはいないな。〔生きているイーピヨルニスを見たヨーロッパ人はいない。ただし、一七四五年にマダガスカルを訪れたメーサー氏をのぞいて。しかし、それもほんとうかどうか疑わしい――H・G・ウエルズ〕しかし、わしらがそこで見つけた卵はたしかに新鮮だった。生みたてみてえだった。ほんとうに新鮮だったぞ! カヌーに運ぶ途中、黒ん坊の子がひとつ岩の上におっことして割っちゃった。わしはその子をいやっというほど棒で殴りつけてやったぜ! しかし、そんとき、それはぷんと匂ったね。まるで生みたてだ。変な臭いなんてまったくしねえ。それを生んだ親鳥は四百年前に死んじゃったというのにさ。子供の話だとムカデにかまれたから落としたというんだ。いや、いや、話が少し横道にそれたかな。なにしろ、まる一日かかったよ。泥をほじくったり、卵をそのまま取り出すのに。みんな泥んこになってさ。だから、わしはむかむかしてきた。わしの知るかぎりじゃ、これまで見つけたやつのうち、全然いたんでないのは、わしの見つけたのだけだ。その後、わしは、ロンドンの自然史博物館でいくつか見たが、みんな割れていた。ツギハギ細工みてえにつなぎ合わせ、なくなっているかけらもあったな。わしのは完全だった、持って帰ってからそれを割って見るつもりだったんだ。だからわしは、間抜けな黒ん坊にむかっ腹を立てた。三時間もかけて人が取り出したやつを、たかがムカデ一匹ぐれえのために割っちゃったんだからなあ。ほんとうにぶちのめしてやったよ」
 顔に傷のある男は陶器のパイプを取り出した。それでわたしはかれの前に自分のたばこ入れを置いてやった。するとかれは知らん顔してそれをパイプにつめていた。
 わたしは訊いた。「ほかの卵はどうしたんですか? 持って帰ったんですか、そんな話聞いたおぼえないんですが――」

……「怪鳥イーピヨルニスの島」より

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