「日本庭園殺人事件」

エラリー・クイーン/石川年訳

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600円

文学賞を受賞した女流作家が日本趣味にあふれた自宅庭園で、受賞記念の披露宴をひらく。それは順風満帆をおもわせる船出とみえた。だが、彼女は自邸の仕事場で謎にみちた急死をとげる……エラリー・クイーンの「国名シリーズ」続編。
立ち読みフロア

 カーレン・リースがアメリカの有名な文学賞を受けたとき、喜んだその出版元は、この花形女流作家を公開の席に引き出すことに成功して、自分でも驚き、世間をもあっと言わせた。
 更に驚いたことには、リース女史は、ワシントン・スクェアにある、すばらしい自宅の日本庭園で、その道化芝居《ヽヽヽヽ》のような催しをする許可を与えた。
 有名人が多く集まった。むろん、お菓子の中の干しぶどうのように、つまらん奴もまじってはいたが、みんな楽しそうだった。中でも、リース女史の出版元は、最も手強《ごわ》い気むずかし屋の女史が人前に出る――しかも、自宅の庭園でその会を催すことに同意してくれるなどとは夢にも思っていなかっただけに、その喜びは並大抵のものではなかった。
 しかし、この文学賞の受賞は、一九二七年に日本からこっそりやって来て、ワシントン・スクェアの邸の、もの静かな壁の後ろにとじこもり、その聖域から、実に花やかで美しい小説を世に送り出していた、この内気で小柄で、しとやかで美しい女性にもかなり影響を与えたらしく、女史がこんなにも、興奮して愛想がよかったのは、かつて見たことがないと、以前から女史を知っている一握りの連中が断言したほどだった。
 しかし、大部分のお客は、それまで、カーレン・リース女史に全然会ったことがなかったから、このパーティは、祝賀会というより、むしろ女史の社交界へのデビューといった空気になった。小鳥のように内気だといわれていた女性としては、女史はかなりうまく、デビューに堪えた。事実、女史は人目《ひとめ》に挑《いど》むつもりらしく、すんなりした体を、豪奢な日本キモノでくるみ、濡羽色《ぬればいろ》の黒髪を、ゆったりとふくらませて、日本風に、後ろになでつけていた。ともかく、集まって来た口うるさい紳士連さえ、文句のつけようがなかった。風変りな服装だが、カーレンのもの腰は優美だったので、みんなにも、女史はフィフス・アベニューの流行衣装をつけているよりも日本服の方がのびのびとするというだけのことで、そんな服装をしているので、人目に挑《いど》むためなどでは、さらさらないのだということが分かった。象牙とひすい《ヽヽヽ》のピンが王冠の宝石のように髪をかざり、その夜のカーレンは全く堂々としていた。そして、戴冠式に臨む女王のように、おごそかに、もの静かにお客をあしらっていた。
 この『八雲立つ』の名作を書いた女流作家は、小柄で軽やかで、詩人めいた紳士がたたえるように、微風にそよぎ、嵐に吹き飛ばされそうだった。頬は、妙に丹念に化粧をほどこされて、青白く、くぼんでいた。実際、病的で、その身ぶりにも、神経衰弱の疲れを思わせるように、たよりなげな様子があった。
 目だけは生々としていて、灰色でコーカサス系らしく、きらきらとし、しかも、その紫色の隈《くま》どりのかげに、謎めいた過去のどこかで、打撃から身を守る術を身につけていることを、かくしているかのようだった。婦人連は、いつになく寛大に、女史が、どこかこの世ならぬ美しさを持ち、それも地上のものでなく、全く年を知らぬ美しさで、ほとんど東洋の陶器か、異様な磁器のようにつややかな、その小説のひとつと同じ美しさであることを認めた。

……巻頭より

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