ギリシア悲劇全集1

「アイスキュロス全作品集」

アイスキュロス/内山敬二郎訳

ドットブック 337KB/テキストファイル 230KB

900円

ギリシア悲劇の最初の完成者であり、最も古典的な格調の高さを達成したアイスキュロス(前525?〜456)の、今日まで完全なかたちで残る全作品7編を収録したアイスキュロス全集。「アガメムノン」「灌奠(かんてん)を捧げる女たち」「仁慈なる女神たち」の「オレステイア」とよばれる三部作は、構想の雄大さをしめす彼の最後の代表作で、ギリシア悲劇の三部作として、完全なかたちを残す唯一のものである。

【収録作品】
「ペルシア人」
「テーバイを攻める七将」
「嘆願の女たち(ヒケティデス)」
「縛られたプロメテウス」
「アガメムノン」
「灌奠(かんてん)を運ぶ女たち」
「仁慈(じんじ)なる女神たち」
立ち読みフロア
《アガメムノン》冒頭部分

アガメムノンはギリシアの大軍を率いてトロイアに遠征し、十年の苦闘ののちにようやくこれを征服して凱旋する。しかし、その留守中に妻のクリュタイメストラは、夫の従兄弟にあたるアイギストスと密通し、夫が帰ってきたら殺そうと企らんでいる。劇は王宮の屋根の上で、見張り番がトロイアの落城を知らせる合図の狼煙(のろし)の光を認めるところから始まる。

【見張り番】 実際、わしは神々にお願いしとるのだ。この苦労のお暇乞(いとまご)いを。年々の見張りの長(なが)のあいだのなあ。その見張りのあいだ、わしは番犬のように、アトレウスのお子の屋根の上で、肘(ひじ)を枕に横になりながら、ずっと眺めてきたわい。夜ごとのお星様の会議を、それから人間どもに冬や夏をお遣(つか)わしになる、高い御空に閃々と光ってござる星の王様方、〔そのお星様方もよ、沈むときも昇るとき〕もだ――で、わしは今も例の狼煙(のろし)の合図を待っとるのだが、トロイアからの報知(しらせ)、その占領の報道を伝える火の光だ。お妃(きさき)の男優りの、希望に満ちたお心が、そう定(き)められたのだからなあ。だがしかし、落ち着かない。夜露にしっとりした、夢も訪れないわしの寝床にねていると、――眠りの代りに心配めがつきまとうて、しかと瞼(まぶた)合わせて眠りもならぬで。――そして、あの睡りの代用薬を調合して、歌でも唄おう、鼻唄でも唸(うな)ってやれと思うというと、このお館の不幸が悲しうなって、わしは泣いてしもうのだ。昔のようにはまっとうに治まっておらぬでなあ。――しかし、この苦労からの嬉しいお暇(いとま)がもう出そうなものだ、闇の中からありがたい音信(たより)の火の手が閃(ひら)めいてよ。(このとき、狼煙の光、遠くに見える)やあ、よう来た、夜の光よ! 真昼のように光っとるわ! このおめでたのお蔭で、アルゴスに大変な歓喜(よろこび)の歌舞が始まるぞ! やあい、やあい、わしはきっぱりと、アガメムノンのお妃様にお知らせします、この狼煙(のろし)のために、大急ぎで寝床から飛び起きて、家中に歓喜(よろこび)の鬨(とき)の声をお挙げなさいますように。あの合図の火がそれを知らせて光っとるように、まったくトロイアの市が落ちたんなら。わしは自分で喜びの舞いの先駈けをしてやろう。それはつまり、この狼煙(のろし)が三六の目を出しおって、王様のお家に幸運の籤(くじ)が当れば、わしにも当ったことになるわけだから。そうだ、ご帰還になった王様の、あのお懐かしいお手をこの手で握ってあげたいものだ――余(よ)のことはわしにはいわぬぞ。舌の上に大きな手が乗っかっとるわ。お館にもし口があったら、はっきりと自分でいいましょうが、わしは知っとる者には話もしようが、知らぬ者には、わしも何も知らぬぞ。(退場)


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