「阿Q正伝」

魯迅作/松枝茂夫訳

エキスパンドブック 160KB/ドットブック版 149KB/テキストファイル 132KB

400円

阿Qは正式な呼び名も「阿キュウ」としか判らず、小さな村で麦狩りや米つきや船こぎなどの臨時の手伝いをして、その日その日を暮らす最下層の貧民だった。住まいも村の社(やしろ)をねぐらにしていた。だが、プライドは高かった。そして、いつの日か、偉くなって、自分を馬鹿にする連中を見返してやろうという野心を抱いてもいた。近代中国の庶民をはじめて描き、その目覚めと再生を希求した魯迅の代表作。他に「狂人日記」「藤野先生」など、短篇代表作7作を収めた。

魯迅(1881〜1936) 中国の文学者。浙江省紹興の知識人の家に生まれたが、家の没落で貧しい少年時代を送る。21歳のとき日本へ官費留学、東京の語学学校を卒業後、仙台医学専門学校に入学したが、中国人の精神改造への希求にうながされて中途退学、東京にもどって文学への道をさぐる。この間、ヴェルヌの「月世界旅行」「地底旅行」などを翻訳した。中国へ戻ってからは教師生活をおくりながら、1918年「狂人日記」、翌年「孔乙己(コンイーチー)」、21年には「阿Q正伝」を発表、次々と社会悪をえぐる作品を世に問うた。抗日統一運動に挺身する過程で病に倒れ、55歳で亡くなった。

立ち読みフロア
  阿Qは姓名や原籍がはっきりしないばかりでなく、以前の「行状(ぎょうじょう)」もはっきりしない。というのが、未荘(みしょう)の人々は阿Qを手伝いにやとうだけで、そして彼をからかうだけで、一度も彼の「行状」に関心をもったことはなかったからである。阿Q自身にしても、それを口にしたことはなく、ただ他人とけんかをしたときに、たまに目をむいて、こういった。
「おいらは昔は……お前なんかよりずっと偉かったんだぞ! お前がなんだってんだ!」
 阿Qには家がなく、未荘の土地廟(とちびょう)に住んでいた。きまった職業もなく、人の家に日雇いになって行き、麦刈りといえば麦刈り、米つきといえば米つき、船こぎといえば船こぎをやった。仕事が少し長期にわたると、臨時の主人の家に寝泊まりするが、仕事が一段落すると出て行く。だから人々は、忙しい時には阿Qのことを思いだすけれども、その思いだすのも仕事のことであって、決して「行状」ではなかった。ひまになると、阿Qのことさえまったく忘れてしまうくらいだから、「行状」どころの話ではなかった。ただ一度だけ、ある老人が「阿Qはなかなかの働き者だ!」といって賞(ほ)めたことがある。そのとき阿Qは双肌(もろはだ)ぬいで、のっそりとその老人の前に立っていた。その老人のことばが本気でいったのか、皮肉(ひにく)っていったのか、ほかの人にはわからなかった。しかし阿Qはひどくうれしかった。
 阿Qはまた非常に自尊心が強く、未荘の住民どもは全く彼の眼中になかった。二人の「文童(ぶんどう)」に対してさえ、洟汁(はな)も引っかけないといった風であった。そもそも文童とは、将来おそらく秀才(しゅうさい)になり変わるはずのものである。趙(チャオ)旦那や銭(チェン)旦那が村人の尊敬をかち得ているのは、金持ちということのほかに、いずれも文童の父親ということから来ている。ところが阿Qは精神的に格別の敬意をはらわないばかりか、おいらの伜(せがれ)ならもっともっとえらくなるさ! と考えていた。それに、何度か城内に行ったことがあるので、阿Qの自尊心はいよいよ強くなっていった。そのくせ彼は、城内の人をひどく軽蔑(けいべつ)してもいた。たとえば長さ三尺、幅(はば)三寸の板で作った腰掛を、未荘では「チャントン」といい、彼も「チャントン」といっているが、城内の人々は「ティアオトン」という。あれはまちがってる、馬鹿(ばか)げたことだ、と彼は思う。鯛(たい)のからあげに、未荘では五分ほどの長さに切った葱(ねぎ)を添えるのだが、城内ではミジン切りにしたのを添える。これもまちがいだ、馬鹿げたことだ、と彼は思う。しかし未荘のやつらはまったく世間知らずの馬鹿げた田舎者だ。やつらは城内の鯛のからあげを見たことがないのだ!
 阿Qは「昔は偉かった」し、見識は高いし、そのうえ「なかなかの働き者」だし、ほとんど「完人」といってよかった。ただ惜しいことに、彼の体質にいささか欠点があった。とくにいまいましいのは、彼の頭に何か所も、いつできたのか、つる禿(はげ)があることだった。これは彼の身体にあるとはいえ、阿Qにしてみれば、ありがたいことではないらしかった。というのが、彼は「禿」ということば、およびいっさいの「禿」に近い発音を忌(い)みきらい、のちにはこれを推し広めて、「光る」も禁物、「明るい」も禁物、さらにのちには「ランプ」や「蝋燭(ろうそく)」まで禁物とするようになったからである。ちょっとでもこの禁を犯すものがあると、それが故意であろうが故意でなかろうが、阿Qは禿という禿を全部真赤(まっか)にして怒りだし、相手が口べたな奴と見れば罵倒(ばとう)するし、弱い奴と見れば殴(なぐ)りかかった。ところがどうしたわけか、阿Qの負けるときが多かった。そこで彼はしだいに方針をかえ、たいていは目を怒らせてにらみつけることにした。

……第二章冒頭より

購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***