ポー/怪奇と幻想傑作集

「アモンティリャードの酒樽」

エドガー・アラン・ポー/松村達雄訳

ドットブック版 255KB/テキスト版 119KB

500円

酒の鑑定家と自称する嫌みな男が、負け犬から酒の鑑定を頼まれ、巧みに酒蔵の中へ案内され…このホラー小説「アモンティリャードの酒樽」のほか、「ウィリアム・ウィルソン」「モレラ」「ライジーア」「赤死病の仮面」「ちんば蛙」「スフィンクス」「なんじこそその人なり」「ヴァルデマール氏の病気の真相」「鋸山奇譚」の10編のポーの怪奇・幻想の短編を収録。

エドガー・アラン・ポー(1809〜49) ボストン生まれ。両親を早くに亡くし、タバコ輸出業者ジョン・アラン家の養子となる。合衆国陸軍や雑誌編集などの仕事のかたわら、詩や小説を発表。30歳ごろから「アッシャー家の崩壊」「モルグ街殺人事件」などの代表作をつづけさまに世に送り名声を得た。しかし次第にアルコールに溺れ、1849年、ボルチモアの酒場の前で泥酔状態で倒れているところを発見され、ほどなく死去した。

立ち読みフロア
 フォルテュナートの数々のひどい仕打ちはできるだけ我慢してきたが、あえて侮辱を加えるに至って、ぼくは復讐を誓ったのである。しかし、ぼくの性格をよく知りぬいているきみなら、口に出して相手をおどしつけたりしなかったことは想像がつくだろう。ついにはきっと恨みを晴らしてやる、これだけははっきり決めた――だが、断然そう決心したればこそ、ゆめ危険はおかすまいというつもりだった。罰は加えてやる、だが、こちらは無傷でそうしなくちゃいけない。復讐が復讐者にはね返ってくるようなら、仕返しをしたことにはならない。復讐者が、不正を働いた相手にこちらの報復をそれと気づかせられなかったら、これまた仕返しをしたことにはならない。
 承知しておいてほしいのは、フォルテュナートにぼくの好意を疑うようなことは言葉でも振舞でもけっして見せはしなかったことである。ぼくは今までどおり彼の面前では笑顔を見せていた。そこでこの笑顔は、ぼくが彼をやっつけることを思ってほくそ笑んでいるのだとは彼もまさか気づかなかった。
 この男――このフォルテュナートには一つ弱点があった、ほかの点では軽視できない、恐れて然るべき人物だったのだが。彼は酒にかけては押しも押されもせぬ通だと得意になっていた。真の名人気質(かたぎ)を持ったイタリア人はめったにいない。たいていは、彼らの熱狂ぶりは時と場合に順応して――イギリスやオーストリアの金持連中をだますくらいのことである。絵画と宝石類にかけては、フォルテュナートもその同国人の例にもれずインチキだった――だが、こと古酒に関しては、彼は真剣そのものだった。この点ではぼくも彼と大して相違はなかった。ぼく自身イタリアの酒ではなかなかの通で、機会あるごとにふんだんに買い込んだ。
 ぼくがこの友人に出会ったのは、謝肉祭シーズンの熱狂もたけなわのある夕ベ、日暮れどきのことであった。大分酒が入っていたので、彼はいともにこやかにぼくに呼びかけた。彼はまだらの道化師のいでたちだった。ぴたりと身についた、まだらの縞(しま)の服を着て、鈴のついたとんがり帽をかぶっていた。この男に会えてぼくはとてもうれしかったので、その手をかたく握りしめて容易に離そうともしないくらいだった。
 ぼくは言った、「やあ、フォルテュナート君、きみに会えてよかったよ。きょうのきみの恰好はなかなかすばらしいじゃないか。ところで、ぼくはアモンティリャードだと称する酒の大樽を手に入れたことは入れたんだが、少々怪しいとは思ってるんだよ」
「またどうして?」と彼は言った、「なに、アモンティリャードだって? 大樽だって? そんな馬鹿なことがあるもんか。しかもこの謝肉祭の最中というのに!」
「ぼくも怪しいとは思ってるんだ。このことをきみに相談もせずに、たっぷりアモンティリャードだけの値段を払うなんて、ぼくも馬鹿だったよ。だが、きみはなかなかつかまらず、うまい買物を逃したくもなかったからね」
「うむ、アモンティリャードか!」
「少々怪しいとは思ってるんだ」
「アモンティリャードか!」
「それでぜひはっきりさせたいんだよ」
「アモンティリャードだな!」
「きみには用事がありそうだから、ぼくはルクレシのところへ出かけるんだよ。見分けのつく人間といえば、まああの男ぐらいだ。あれならなんとか――」
「ルクレシなんか、アモンティリャードとシェリー酒の見分けもつかないよ」
「でも、利(き)き酒にかけたらあいつはきみに負けないっていう馬鹿者も世間にはいるんだぜ」
「さあ、出かけよう」
「どこへゆくんだ?」
「だって、きみの酒蔵へだよ」
「そりゃ、きみ、いけないよ。きみの好意につけ込みたくはないからね。きみに約束のあることは分かっているよ。ルクレシなら――」
「約束なんかないよ。――さあ、ゆこう」
「だって、きみ、だめだよ。約束はないかもしれないが、きみがひどい風邪にとりつかれてることは分かるよ。酒蔵の湿気ときたらたまらない。あたり一面硝石がこびりついてるんだから」
「そりゃそうだが、でも行こう。風邪なんか何でもありゃしない。アモンティリャードだって! きみはだまされたんだよ。それからルクレシなんて奴は、シェリー酒とアモンティリャードの区別もできやしないよ」
 こう言いながら、フォルテュナートはぼくの腕をつかんだ。ぼくは黒絹の仮面をつけ、外套でぴったりと体をつつんで、彼のいうがままにわが屋敷へと急いだ。

……《アモンティリャードの酒樽》冒頭


購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***