「アンデルセン童話集1」

アンデルセン/山室静訳

エキスパンドブック 605KB/ドットブック版 157KB/テキストファイル 134KB

500円

グリム兄弟がドイツの民話を集めたのに対し、少し遅れてデンマークに生まれたアンデルセン(1805−75)は長編小説「即興詩人」の世界的な成功のあと、当時の子供たちと大人たちのために数々の創作童話を書いて最も有名な童話作家となった。この第一集には、「飛行かばん」「イノシシの銅像」「ナイチンゲール」「みにくいアヒルの子」「モミの木」などの代表作と大作「雪の女王」など、16編を収めた。エキスパンドブック版はV・ペデルセンの挿し絵入り。

収録作品

飛行(ひこう)かばん
コウノトリ
イノシシの銅像(どうぞう)
友情(ゆうじょう)のちかい
ホメロスのお墓(はか)のバラ
ねむりの精(せい)のオーレおじさん
パラダイスの園(その)
バラの花の精(せい)
ぶた飼(か)い王子
ソバ
天使(てんし)
ナイチンゲール
なかよし
みにくいアヒルの子
モミの木
雪の女王(じょおう)

立ち読みフロア
 むかし、たいそうお金持ちの商人(しょうにん)がいました。そのお金持ちのことといったら、町の大通(おおどお)りのこらずと、細い横町(よこちょう)まで、銀貨(ぎんか)でしきつめることができるほどでした。
 でも、そんなばかなことはしやしません。もっと、べつの使いみちを知っていたからです。一円出したら、それで百円もうけるのでした。それほどりこうな商人だったのです。――こんなふうで、この商人は死にました。
 さて、そのお金をみんなうけついだむすこは、とてもたのしくくらしました。毎晩(まいばん)仮装舞踏会(かそうぶとうかい)へ出かけましたし、おさつでたこをこしらえてあげたり、海へ行って、石のかわりに金貨(きんか)で水切りをしたりしました。
 これじゃあ、いくらお金があったってたまりません。とうとう、のこりはたったの四シリングになってしまいました。おまけに、身につけるものといっては、スリッパが一足と、古びたねまき一まいだけでした。
 こうなると、友だちにも見すてられてしまいました。なにしろ、いっしょに道を歩くわけにもいきませんからね。それでも、ひとりだけしんせつな友だちがいて、
「なにか入れなさい」
といって、古かばんを一つ、おくってくれました。
 いや、まったくしんせつなことでした。でも、なにも入れるものがないじゃありませんか。そこでむすこは、じぶんでかばんの中にはいこみました。
 ところが、これがおもしろいかばんでした。かぎをしめると、かばんはひとりでにとび出すのです。
 むすこはさっそく、かぎをしめてみました。たちまちかばんは、むすこを中に入れたまま、ピューッとえんとつをぬけて、雲の上までとびあがりました。そして、どこまでもどこまでもとんでいくではありませんか。
 むすこの重みで、かばんの底が、メリメリいいました。
「こりゃ、かばんのやつ、こわれてしまうかしれないぞ」
と、むすこはしんぱいになりました。そうなったら、それこそまっさかさまですからね。くわばら、くわばら。
 そのうちに、トルコの国まで来てしまいました。
 むすこは、かばんを森の中のおち葉の下にかくすと、町へ出かけていきました。よくも、そんななりで出かけられたものですね。なあに、トルコの国では、みんながこの男みたいに、ねまきとスリッパすがたで歩きまわっているんですよ。
 すると、とちゅうで、小さい子どもをつれたばあやに出あいました。
「もしもし、トルコのばあやさん。むこうの町のすぐそばに見える、あんな高いところにまどのついた大きいお城(しろ)は、どなたのすまいですか」
 こう、むすこが聞くと、
「あそこにゃ、王さまのおひめさまが住んでいらっしゃるだよ。おひめさまは、いつか、おむこさんのことで不幸(ふこう)なめにおあいなさるという、わるいうらないがあってね。それでおひめさまのとこにゃ、だれにも行けないようにしてあるんだよ――王さまやおきさきといっしょでなくてはね」
と、ばあやはいいました。
「ありがとう」
 こういって商人のむすこは、また森へひきかえすと、かばんの中へもぐりこみました。それから、すうっとお城の屋根をとびこして、まどから、おひめさまのへやへはいりこみました。
 おひめさまは、ソファに横になって、ねむっていました。見ると、とてもかわいい方なので、むすこはどうしても、キスせずにはいられませんでした。おひめさまは目をさまして、ひどくおびえました。でも、むすこが、
「ぼくはトルコの神さまで、空をとんできたのですよ」
というと、すっかり安心なさいました。
 そこでふたりは、ならんでこしをおろしました。それからむすこは、おひめさまの目のことを話しだしました――。
 それは、このうえもなくきれいな黒い湖(みずうみ)で、そこにはおひめさまのいろんな思いが、人魚(にんぎょ)のようにおよいでいるというのです。つぎにはおひめさまのひたいにうつって、すばらしい広間や絵のある雪の山だといいました。それから、かわいらしい赤ちゃんをつれてくる、コウノトリの話もしました。
 いやまったく、なんておもしろい話だったでしょう。ですから、つぎにむすこが、どうかぼくのおよめさんになってくださいともうしこむと、おひめさまはすぐにしょうちなさって、こういいました。
「では、土曜日(どようび)にここへいらしてくださいな。その日には、おとうさまとおかあさまが、わたしのところへ、お茶をのみにいらっしゃるの。きっとおふたりとも、わたしがトルコの神さまのおよめさんになると知ったら、ずいぶんほこらしくお思いでしょうよ。
……「飛行かばん」より

購入手続きへ


*** タイトル一覧へ *** ホームページへ ***