「アンの愛の手紙」

モンゴメリ/ 中村佐喜子訳

ドットブック版 318KB/テキストファイル 210KB

500円

アン・シャーリーは大学を卒業すると、サマサイド中学校長として赴任し、『風にそよぐ柳(ウィンディ・ウィローズ)』に下宿する。よそ者にたいして敵意をもやす町の有力者プリングル一族、非協力的な副校長キャザリンやいたずらな生徒たちに手こずりながらも、アンは、持ちまえのユーモアとまごころで地域にとけこんでいく。その三年間の出来事を、レドモンド医科大学在学中の婚約者ギルバートにあてたアンの愛の手紙形式でつづる。シリーズ第4作。

・M・モンゴメリ(1874〜1942)はカナダのプリンス・エドワード島生まれ。祖父母に育てられ、大学を出たあと故郷の島で教職についたが、祖母を助けて郵便局の仕事にたずさわる。31歳のときに書いた「赤毛のアン」が3年後に日の目をみると、たちまちベストセラーとなった。

立ち読みフロア
 一

サマサイド中学校校長アン・シャーリーより、キングズポートのレドモンド大学医学部学生ギルバート・ブライスへ送る手紙。

 プリンス・エドワード島 サマサイド
 幽霊小路 『風にそよぐ柳(ウィンディ・ウィローズ)』にて
 九月十二日 月曜日

 ギルバート。
 ずいぶん愉快な住所でしょ! あなたは、こんなすてきなところ、聞いたことあって? 『風にそよぐ柳(ウィンディ・ウィローズ)』がわたしの新しい家で、とても気に入っています。幽霊小路も気に入りましたわ。これは正式の名ではありません。トレント通りというのです。でもトレント通りなんて、まれに『週報クリヤー』に何か記事がのるとき使われるくらいなの。ですからみんなは、「そんな通りはどこにあるの?」なんて、顔を見合わすほどよ。幽霊小路でとおっています。――もっとも、なぜそんな名がつけられたか分かりませんけれど。レベッカ・デューに聞いても、ずっと幽霊小路といっているそうです。昔そんなものが出たという話もあったようですが、でもこの通りでわたしよりまずい顔の女に会ったことはないですね、とレベッカはいっているわ。
 そう、むやみに話を急いでもだめね。あなたはまだレベッカ・デューを知らないわね。でもすぐおなじみになるわ。――そうよ、これからのわたしの手紙の中で、きっとレベッカ・デューは大きな役割を果たしそうな気がします。
 今は夕暮れ(ダスク)です。(ねえ、ダスクって言葉、すてきじゃない? わたしはトワイライトより好きよ。そのひびきがビロードのようで、影があって、それから、――まさに『ダスキイ』なのよ)昼間わたしは世間の仕事があるし、夜は眠ってしまうと何も知らない。でもダスクのあいだは自由で、ただわたし自身だけ、それから、あなただけなの。だからこの時間は、もっぱらあなたへの手紙を書く時にささげるのよ。ただし今日のはラブレターといえないでしょうけど。わたしのペンがガリガリなの。こんなガリガリのペンや、尖ったペンや、ちびたペンじゃ、ラブレターは書けないわ、そういうものがあなたのところへ届くのは、それにふさわしいペンを持ったときだと思ってちょうだい。わたしはまず、この新しい住居と住人についてお話しします。そりゃ愛すべき人々なんですから。
 きのうわたしは下宿探しにやってきました。ミセス・レイチェル・リンドも一緒だったの。買物があるからとかいって、ほんとはわたしの下宿探しのためだったのよ。大学出の文学士さまになっても、まだまだわたしを何から何まで世話してやらねばならない子供だとミセス・リンドは考えるのね。
 わたしたち二人は汽車で来ました。そしてね、ギルバート。まったくこっけいな冒険をしちゃったの。わたしって、いつでも思いがけない冒険にぶっつかる《たち》でしょ。まるで冒険をひきつけるみたい。
 それはまさに、汽車が駅へ来て停まろうとするときでした。ミセス・リンドはサマサイドの友人の家で日曜をすごす予定でしたので、わたしは立ち上がって、彼女のスーツケースを持ち上げてあげようとして、そばの座席のぴかぴか光る肘(ひじ)へぐっと手をついたの。そのとたんにものすごく叩かれて、わたしは悲鳴をあげそうだったわ。てっきり座席の肘だと思ったのが、なんと誰かの禿(は)げ頭だったのよ。おそろしい顔でにらみつけられたわ。眠っていたのを起こされたという顔でね。わたし、ぺこぺこにあやまって、逃げるようにすばやく汽車から降りたの。降りがけにちらと見たら、彼はまだにらんでたわ。ミセス・リンドはおそれをなすし、わたしの指は今でもいたむのよ!
 わたしは下宿探しにそれほど苦労するつもりはありませんでした。ミセス・トム・プリングルとかいう人が、なんでも十五年間、次々と中学校校長を下宿させてきたという話だったからです。それがどういう理由でか、急に『お世話する』ことがめんどうになったのですって。それでそこはお断りということになったの。それから二、三軒、よさそうなところはやはり体(てい)よく断られました。別の二、三軒は、こっちでいやだったし。――それで午後いっぱい、街じゅう探しあるいて、暑いし、疲れるし、憂鬱(ゆううつ)だし、頭がいたくなるし。――そのあげく見つかったわけよ。もうだめだと思って、あきらめかけていたとき偶然、幽霊小路がでてきたの。
 わたしたちは、ミセス・リンドの古い仲よしのミセス・ブラドックをたずねました。するとミセス・ブラドックが、あの『未亡人たちの家』にわたしを置いてくれるかもしれないといったんです。
「あの人たち、レベッカ・デューに払う給料を、部屋貸しで捻出したいといってましたからね。何か余分な収入がなけりゃ、もうレベッカ・デューをおいとけないんだって。ところが、もしレベッカに暇を出したら、あの赤い牛の乳は誰がしぼるというの?」
 ミセス・ブラドックはわたしをにらみました。まるでその乳しぼりをわたしがやるべきだというように、だがたとえできるといったって、この子じゃだめだなと思っているように、です。
「その未亡人たちって、誰のことですかね?」とミセス・リンドが聞きました。
「あら、アント・ケイトと、アント・チャティじゃないの」とミセス・ブラドックは、世間知らずの文学士さまでも誰でも、必ず知ってるはずだといういい方をしました。「アント・ケイトはアマサ・マコーマーといった船長の未亡人。――それからアント・チャティの方は、リンカーン・マクリーンという人の、お金のない未亡人なんですよ。だけどみんなは二人を『アント(おばさん)』と呼んでいるわね。それが幽霊小路のはずれに住んでいるんですよ」
 幽霊小路! それできまった。わたしはすぐ、その未亡人たちの家に下宿するという予感がしました。
「すぐ会いに行きましょうよ」とわたしはミセス・リンドをうながしました。
「会えることは会えても、あなたをおくかどうか決めるのは、たぶんレベッカですよ。レベッカ・デューが、あのウィンディ・ウィローズ〔風にそよぐ柳〕を切りまわしてますからね」
 ウィンディ・ウィローズ! そんなところって、ほんとにあるかしら。――うそよ。夢を見ているようだ。現にミセス・リンドが、家の名にしちゃ妙だねといっている。
「それはマコーマー船長がそう呼んでたんですよ。あの人の持ち家でしたからね。まわりにぐるっと柳を植えて、えらくご自慢でね。めったに家に帰らないし、帰っても長くいることはなかったのだけど。アント・ケイトは、いつもそれを不便がってましたよ。もっとも、不便というのは滞在の短いことか、あるいは帰ってくることか、何が不便かついぞ分らなかったですがね。
 そう、ミス・シャーリー、あすこにおいてくれればいいね。レベッカ・デューは料理が上手で、コールド・ポテトときちゃ天才ですよ。もしレベッカのお気に召したら、あなたはせいぜいご馳走(ちそう)してもらえる。気に入られなきゃ、――そしたらそれっきりよ。なんでもこの街に新任してきた銀行員が下宿を探しているそうでね、レベッカはそっちにするかもしれない。ミセス・トム・プリングルがあなたを断わったというのもおかしな話だけど。このサマサイドにはプリングル一族や縁者が大ぜいですよ。『王族』なんて呼ばれているくらいだから、あなたもあの一族にはうまくやんなさいよ。でないと中学校もうまくいかないからね。このあたりの顔役ですよ。アブラハム・プリングル船長にちなんだ通りもあります。ちゃんとした一族だけど、『かえで屋敷』にいる二人の老婦人がそれを牛耳(ぎゅうじ)っていてね。なんでもその二人があなたをうらんでいるという話ですよ」
「まあ、どうして? わたし、てんで知らない人ですわ」と叫びました。


……第 一章冒頭より

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