「アンの村の人々」

L・M・モンゴメリ/中村佐喜子訳

ドットブック 401KB/テキストファイル 157KB

500円

アンが少女時代をすごしたプリンス・エドワード島アヴォンリーに住んでいた身近な人たち。風変わりな暮らしをおくる人、ものめずらしい事件、痛快な事件、哀れっぽい事件…アンの忘れがたい心のふるさとの出来事を、作者持ち前の鋭い観察力と人間愛で浮き彫りにする短編12編。

・M・モンゴメリ(1874〜1942)はカナダのプリンス・エドワード島生まれ。祖父母に育てられ、大学を出たあと故郷の島で教職についたが、祖母を助けて郵便局の仕事にたずさわる。31歳のときに書いた「赤毛のアン」が3年後に日の目をみると、たちまちベストセラーとなった。

立ち読みフロア

 アン・シャーリーはある土曜の夕方、シオドラ・ディックスの居間の窓ぎわにうずくまって、夕陽の丘のかなたの、夢のような星の国へうっとり眼をやっていた。アンは休暇中の二週間、スティーヴン・アーヴィング夫妻の夏の家の『やまびこ荘』に来ていたので、そのあいだにたびたび、ディックス家の古い屋敷へも出かけて行って、シオドラとおしゃべりすることができた。この美しい夕方、二人はもう話すこともなくなったので、アンはひとり夢想にふけって楽しんでいたのである。赤い毛を編んで冠(かんむり)のように結(ゆ)い上げた、形のよい頭を窓枠(まどわく)にもたせかけ、灰色の眼を、暗い池に映(うつ)る月光のように輝かせていた。
 そのとき、小径(こみち)を来るルドヴィック・スピードが見えた。このディックス家の小径はずっと先までのびているので、まだ遠くに見えただけだが、でもルドヴィックはどんなに遠くからでもすぐ見分けられた。のっぽで、少し前かがみになって、あんなに悠々と歩く人は、中グラフトンではほかにいない。特色ある身ぶりのすべてがいかにもルドヴィックらしかった。
 アンは夢見ごこちからさめて、これはさっさと帰ったほうがいいなと思った。ルドヴィックはシオドラに求婚しようとしているのだった。それはグラフトンじゅうに知れていた。もし知らないという人がいたら、その人はよほどどうかしているのだ。ルドヴィックがあんなふうに思案げな、ゆっくりした足どりで、シオドラに会うために小径をかよいはじめてから、もう十五年にもなるのだから! 
 すらりとした、まだ小娘の、ロマンティックなアンが帰ろうとして立ち上がると、中年の、ふとった実際家のシオドラが、眼をきらりとさせた。
「そんなに急ぐことないでしょう、アン。落ちついて坐(すわ)ってらっしゃいよ。ルドヴィックが来るのが見えたので、邪魔しちゃ悪いなんて思ったのね。でもそうじゃないのよ。ルドヴィックはむしろほかの人がいるほうがいいのだし、わたしもそうよ。そのほうがかえって話がはずむわ。十五年間もずっと、毎週二度ずつ一人の人に来られてごらんなさい、おたがいに話の種もつきてしまうわよ」
 シオドラは、ルドヴィックのことでいっこう照れる様子はなかった。彼のことや、そのぐずぐずした求婚ぶりを平気で話した。事実おもしろがっていたのである。
 アンはまた腰をおろして、二人で一緒にルドヴィックを眺めた。彼は、そのあたりのクローバーの繁った野原や、かすんだ下の谷間に見えかくれする青い小川のうねりなどを静かに眺めながら小径を来る。
 アンは、シオドラの落ちついた、整った顔立ちを見ながら、もしわたしがここにこうして、なかなか決心がつかないらしい年長の恋人を待っているとしたら、いったいどんな気持だろうと想像してみた。しかしアンの想像力でも、その点はどうもわからない。
「とにかく」と、アンはじりじりしながら、ひそかに思った。「もし彼が好きなら、わたしだったらなんとかせき立てる工夫(くふう)をするわ。ルドヴィック・スピードですって! およそこんな不似合な名前もない。あんな男の名がスピードだなんて、人だましも甚(はなは)だしいわ」
 すぐにルドヴィックは家に着いたが、またその戸口に立って、こんもりと緑色に繁ったさくらんぼ園を見つめながら瞑想(めいそう)しているので、とうとう彼がノックする前にシオドラがドアを開けに行った。そして彼を居間へ連れて来るとき、シオドラが彼のかげからアンへ、おどけたしかめ顔をしてみせた。
 ルドヴィックはアンを見てにこにこした。彼はアンが好きだった。若い娘はにが手なので、彼が知る少女といえばアンだけである。若い女はどうも気づまりで落ちつけない。だがアンなら、そんな気持にさせられないですむ。アンは誰とでもうまくやれた。ルドヴィックもシオドラも、まだ長いつき合いではないのにアンをもう古い友人のように思っていた。

……「せき立てられたルドヴィック」冒頭より


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