arabia3.gif (39175 バイト) 「千夜一夜物語(3)」

リチャード・バートン編/大場正史訳

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1400円

イソップとも異なる独特の持ち味のアラビア版「動物寓話」、激しやすい主人公と二人の淫蕩な妻をめぐる長編「カマル・アル・ザマン物語」、そのなかに含まれる若い男女二人の純真な恋を描いた「ニアマー・ビン・アル・ラビアと奴隷女ナオミ」の挿話。アラビアの夜話は奔放自在に飛躍して飽きさせることがない。
立ち読みフロア
 あちこちに道をひろって歩いているうち、アスアドはひどく年をとったひとりの老爺に出会いました。鬚(ひげ)は胸のあたりまで垂れさがり、さきのほうはふたつに分かれております。そして、片手には杖をもち、美しい着物を着こんで、頭には大きな赤いターバンを巻きつけておりました。アスアドは相手の着物と風采をいぶかしく思いましたが、近づいて会釈をすると、「お爺さん、市場へはどういったらよいのでしょう?」とたずねました。この言葉を聞いて、老人(シャイフ)はにっこり笑うと、「おまえさんは異国の方らしいのう?」と答えました。そこで、アスアドは答えました。「はい、わたしは旅の者です」
……
 すると、老人はたずねました。「おまえさんがおいでなされて、この国は大喜びじゃが、おまえさんがいなくなってお故国(くに)のほうはさびしかろうて。してまた、市場になんのご用がおありなさるのかな?」「実は、お爺さん、わたしには兄がひとりあって、いっしょに遠いところから、三月ものあいだ旅をしてきたのです。それでこの町が目にはいると、わたしは兄を山に残して、ひとりでやってまいりました。食べ物を買って帰り、いっしょに食べようと思ったものですから」すると老人は申しました。「いや、実によいことがありますわい。きょうはな、わしは婚礼の祝いをするところで、たくさんお客人も招待しておりますし、とびきり上等のおいしいご馳走もしこたま用意しておりますのじゃ。だからな、もしわしといっしょにおいでになるなら、おまえさんの入用なものはなんでも、ふんだんに進ぜましょうぞ。お鳥目(ちょうもく)なんぞは一文もいただかんでな。それに、この町のならいも教えてあげようて。ほかならぬこのわしがおまえさんにお目にかかれたのはまたとないしあわせ、アラーをたたえましょう」「どうぞよいようにとりはからってください」とアスアドは答えました。「ですが、兄がしきりとわたしの帰りを待っていますから、ぐずぐずしてはおれません」
 老人はアスアドの手をとると、狭い露地へつれていき、にこにこ笑いながら、「この町の人々からおまえさんをお救いなされたアラーをほめたたえましょう!」と申しました。老人はなお歩きつづけて、とある広々とした屋敷へはいりました。中には大広間があって、なんと、そのまん中には、ひどく老いさらばえた老人たちが四十人もより集い、燃える松明(たいまつ)をかこんで車座をつくっているではありませんか。一同はこの火を礼拝して、床にひれ伏していたのでございます。アスアドはこの光景を見てびっくり仰天し、みなの正体はわからぬながら、全身が総毛立ちました。すると、くだんの老人が一同に言いました。「おお、火を拝む長者たちよ、きょうはまたなんと恵まれた日だろう!」それから、ひときわ声高く、「おーい、ガーズバン!」と叫びました。その声に応じて現われ出たのは、見るからに恐ろしい、不気味な風貌をした、猿のように鼻のひしがれた、のっぽの黒人奴隷でございました。老人が合図をすると、黒ん坊はすぐさまアスアドを後手(うしろで)に縛りあげてしまいました。すると、また、老人が申しました。「地下牢にほうりこんでおくのじゃ。それから、奴隷女のあれに、『夜も昼も始終いじめて、朝晩パンをひときれずつやれ。そのうち海を渡って、青い海と火の山へ出かける時期になるから、そうしたら犠牲(いけにえ)に捧げるつもりじゃ』と言っておけ」
 黒ん坊は別の出入口からアスアドをひき立てて、床の敷石を一枚起こしました。すると、地下室に通ずる二十段の階段が現われ、黒ん坊はその中ヘアスアドをつれこみました。それから、鉄の鎖で足をしばると、奴隷女にひき渡して表へ出ていきました。いっぽう、広間の老人たちはお互いに「火の祭が訪れたら、きゃつを山上で殺し、犠牲として捧げよう。そうすれば、火の神さまの思召にもかなうであろう」と言いあいました。ほどなくすると、奴隷の小女がアスアドのもとへやってきて、したたか打ちすえたうえ、枕もとにひときれのパンと、塩からい水のはいった壺をおいて立ち去りました。夜中になって、正気に返ったアスアドは、かたく身をいましめられ、そのうえ、したたか打擲(ちょうちゃく)されて、体がひりひり痛むのを覚えました。いまは昔の、華やかな、王者としての勢いある身の上を思い、また父と別れ、故国を追われて、異国にさすらう現在の身を思って、アスアドはさめざめと泣いたのでございます。

……シャーラザッドは夜がしらんできたのを知って、許された物語をやめた。
 さて第二百二十八夜になると


……「カマル・アル・ザマンの物語」より

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