「ビーグル号航海記」

チャールズ・ダーウィン/内山賢次訳

ドットブック 1126KB/テキストファイル 200KB

700円

1831年、イギリス海軍は軍艦ビーグル号による南アメリカおよび太平洋地域の調査を企てた。この調査船に乗り組んだのが、ケンブリッジ大学で神学を専攻しながら地質学・博物学を学んだダーウィンで、当時22歳であった。ビーグル号は31年12月にイギリスを出発し、36年10月に帰国するまでの約5年間、南米、南太平洋、オーストラリア、インド洋などをめぐって測量、経線儀測定などに従事したが、その間ダーウィンは時間の許すかぎり大陸や島の内部に足を踏み入れて、独自に地質ならびに動植物の観察・標本収集・調査に取り組んだ。なかでも赤道直下のガラパゴス諸島での奇妙な動植物との邂逅は、彼に「種の誕生」という「神秘」に対する大きなヒントを与えてくれ、その後の多年の思索ののち大著「種の起原」の完成に結実した。本書は、そのときの収穫を記した興味あふれる航海記の簡約版である。彼が航海に従事した時期は日本では天保時代にあたり、西洋における自然科学の蓄積の幅と奥行きとを感じさせる書でもある。ドットブックには十数点の原書挿絵を挿入した。

チャールズ・ダーウィン(1809〜82) イギリスの生物学者。エディンバラ大学で医学を学んだあと、ケンブリッジ大学神学部へ転学。博物学にひかれ、卒業後、海軍の観測船ビーグル号に乗り組み、ブラジル、ペルー、ガラパゴス諸島、ニュージーランド、オーストラリアなどを回り、動植物や地質の調査をおこなった。これをまとめたのが「ビーグル号航海記」である。そのときの成果と、育種動植物の変異の観察などから、生物進化の確信をもつに至り、ケント州にこもって進化論に関する大著の執筆を始めた。しかし、それが完成しないうちに、博物学者アルフレッド・ウォーレスから同じ趣旨の進化に関する論文が送られてくる。驚いたダーウィンは、リンネ学会にむけてウォーレスとの共同論文というかたちで論文を発表した(1858)。と同時に、前から計画していた大著の要約版の執筆にとりかかり、約一年後の1859年11月に出版にこぎつけた。これが「種の起原」である。ダーウィンは残りの生涯を、進化論と自然淘汰説の普及と深化にそそぎ、その線にそった多くの著作を残した。「人間の由来」「人間と動物の表情」「ミミズの作用による栽培土壌の形成」などが、そのおもなものである。

立ち読みフロア
 驚くべきトカゲの属であるアンブリリンクスはこの群島にかぎられている。種は二つあって、そのぜんたいの形は互いに似ており、一つは陸棲的で、他の一つは水棲的である。後の方の種は、初めてベル氏によって特性を記されたのだが、同氏はそれの短い、太い頭と長さの等しい強い爪から推して、その生活がはなはだ特異的なもので、いちばん近い類縁とみられるイグアナとも異なると述べた。


 




 それは諸島中のすべての島にごくざらに見られて、もっぱら岩だらけの浜べに生活し、十ヤードの奥地にさえ決して見いだされない――少なくもわたしは一度も見たことがなかった。それはきたならしい黒い色をしていて、魯鈍で、運動はのろくさい。成長しきったものの普通の長さは一ヤードだが、なかには四フィートの長さのさえあり、大きいのは二十ポンドもあった。アルベマール島では、それが他のところよりも大きな形に成長するらしい。その尾は横に平たくなっていて、四つの足は一部に「みずかき」ができている。彼らはときおり岸から百ヤードもはなれて泳ぎまわっているのが見られるが、コルネット大佐はその旅行記のなかでのべている、「彼らは群をなして漁に出て、岩の上で日光浴をし、アリゲーター〔アメリカワニ〕の雛形(ひながた)だといっていい」けれども、彼らが魚を餌として生活していると想像してはならない。水のなかにいるとき、このトカゲの体は平ったい尾のヘビのような運動をして、まったく楽に、すばしこく泳ぐ――その肢(あし)は動かないで、ぴったりその横腹にちぢこめられている。ある水夫は重たいオモリをつけて、すぐさまそれを殺そうと考えたが、一時間後に綱をひきあげて見ると、それはまだ生き生きとした活動力を維持していた。その四肢と強い爪とは、いたるところで海岸を形成しているでこぼこの、亀裂のある熔岩塊をはいのぼるのにみごとに適している。こういう場所では、六匹か七匹のこういう恐ろしげな爬虫類が群をなして、寄せ波の上数フィートの黒い岩の上に、肢をのばして日向ぼっこしているのがよく見うけられた。
 わたしはその数匹の胃袋をあけて見て、それが細かく噛みちぎられた海草で満たされているのを見いだしたが、この海草はあざやかな緑色または鈍い赤色を呈していた。わたしはこの海草が潮の干満する岩の上に豊富に生えていたのを記憶しないし、またそれが海岸から多少はなれた海底に生えていると信ずべき理由がある。だとすれば、彼らがおりおり海へでていく目的が説明される。その胃袋は海草のほか何も含んでいなかった。そしてその腹は、他の草食動物に見ると同様に大きかった。このトカゲの食物の性質とならんで、その尾と足の構造、それに自分で海へ泳ぎだすのが見られるという事実は、その水棲的性質を証明するが、しかしこの関係からいうと、一個の異常な事柄がある。すなわち、それは脅かされても決して海へははいらないのである。だからこれらのトカゲを海にさしかかった一点に追いつめるのは容易だが、彼らは海へ飛びこむよりも人間に尻尾をつかまれた方がいいらしいのである。彼らは咬みつこうなどという考えはいっこうにもたないらしく、ひどく脅されると、両方の鼻の穴から一滴の液をはきかける。わたしはその一匹を退潮のために残された深い水溜りのなかへできるだけ遠く、数回投げてみたが、いつも必ずわたしの立っているところへ一直線にもどってきた。それは非常に美しい急な運動で、底近く泳いできて、時にはでこぼこの地面を越えるさいに足の助けを借りた。そうして端まで達するや否や、だがまだ水のなかにいるので、海草の房の下へ身をかくそうとしたり、何か割れ目のなかへはいったりした。危険が去ったと思うと、乾いた岩の上へはいあがって、そそくさと立ち去っていった。

……「一六章 ガラパゴス諸島」より


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