「美女と野獣」

ボーモン夫人/中島和子訳

ドットブック版 204KB/テキストファイル 93KB

400円

一輪のバラの花から不思議なめぐりあわせで、野獣の住む館に出向いた美しい娘ベル。そこでベルを待っていたものは……詩人ジャン・コクトーが映画化し、話題を集めたこの作品は、フランスの作家ボーモン夫人が、フランス革命へむけて奔流する世相のなかで、後世へと書き送った愛のメッセージである。本書には、彼女の「仙女物語」からこの「美女と野獣」ほか8編を収めてある。

ボーモン夫人(1711〜80)18世紀フランスの童話作家。不幸な結婚のあと渡英、教師を務める一方で、おもに児童文学の作品を発表して文名をあげ、帰国してからも、多くの作品を残した。その著作「子供の雑誌」(「美女と野獣」を含む)、「若い女性の雑誌」は、フランス童話の古典名作である。

立ち読みフロア
一 美女と野獣

 昔、あるところに、一人の大金持ちの商人がいた。この商人には息子が三人と娘が三人、あわせて六人の子供がいた。商人は大変賢明な人だったので、自分の子供の教育には何ものも惜しまず、どんな稽古(けいこ)や学科にも先生をつけて勉強させていた。
 商人の娘たちはみなとても美しかったのだが、とりわけ末娘は、人がほれぼれと見とれてしまうほどで、幼い時から、かわいい娘という意味の「ベル」という名でだけ呼ばれていた。そうしてこの名前は、成長してからもずっと末娘の呼び名として残ったのだが、二人の姉はそれをとてもねたましく思っていたのだった。
 この末娘は、姉たちより美しいだけでなく、気立ても二人よりもずっと良かった。姉たちは金持ちであることを鼻にかけ、貴婦人気取りで、他の商人の娘たちが訪ねてきても良い顔をしないのだった。毎日毎日、舞踏会や芝居や散歩に出かけ、一日の大部分の時間をためになる本を読んで過ごしている妹を馬鹿にしていた。
 この娘たちがとても金持ちなのはよく知れ渡っていたので、何人もの大商人が結婚を申し込んでいたが、二人の姉たちは、公爵か、せめて伯爵ぐらいが見つかるのでなければ決して結婚しない、と答えていた。ベルの方は、自分と結婚したい、と申し込む人にはとても丁寧にお礼を言いながらも、自分はまだ若すぎるし、あと何年かはまだ父親と一緒にいたいから、と答えるのだった。

 ところが突然、この商人は財産を失ってしまい、手元に残ったのは、町から遠く離れた小さな田舎家一軒だけになってしまった。商人は子供たちに、家族はみんなその家に行かなければならないこと、そして農民として働いたならば、何とか暮らしていけるだろうことを、涙ながらに話してきかせた。すると、二人の姉娘は、自分たちは町を離れるつもりはないし、たとえ財産がなくとも、自分と結婚すればとても幸せに思う青年を知っているから、と答えたのだった。
 この世間知らずの娘たちは思い違いをしていたのだ。姉娘の友達は二人が貧乏になってしまうと、もう二人に会いたいとも思わなくなった。姉娘たちの高慢さのせいで、人々はこう言っていた。
「あの娘たちを気の毒がるには及ばないよ。あの自慢の鼻がへし折られたのを見るのは面白いじゃないか。羊の番をしながら貴婦人ぶっていればいいのさ!」
 だがそれと同時に、人々はこうも言っていた。
「今度の不運はベルには本当に気の毒なことだと思うよ。あんなに良い娘なのに! 貧しい人たちにもとても親切に話しかけていたじゃないか。あんなに優しくて礼儀正しい娘だったのに」
 ベルが一文なしになってしまったにもかかわらず、ベルと結婚したいという貴族さえ何人か現われた。けれどもベルはその人たちに、不運な時に父親を見捨てる気持ちにはなれないから、今は父を慰め、働くのを手伝うために田舎について行くから、と答えるのだった。
 田舎の家に着くと、商人と三人の息子は土地を耕すのに取りかかった。ベルは朝の四時に起き、手早く家の掃除をし、家族のために食事の用意をするのだった。最初のうち、今まで召使いのように働くのに慣れていなかったので、とても辛く感じた。しかし二ヵ月たつと、ベルは以前よりずっと丈夫になり、苦しい仕事のおかげか、健康も申し分のないものになった。ベルは自分の仕事を済ませると、読書をしたり、クラヴサンを弾いたり、糸を紡ぎながら歌をうたったりして過ごすのだった。
 反対に二人の姉娘は退屈で死にそうだった。朝は十時に起き、一日中散歩をしたり、美しい洋服や友人のことを懐かしがったりしていた。二人はよくこう言い合っていた。
「妹をみてごらんなさいよ。あの娘は本当にお馬鹿さんだから、こんな惨めな境遇にも満足しているんだわ」
 賢明な商人は姉娘たちのようには考えていなかった。商人には、世間では姉たちよりもベルの方が認められる存在だということがよくわかっていたのだ。商人はこの末娘の立派な心がけ、とりわけその忍耐強さには感心していた。というのも、二人の姉娘ときたら家事を全部妹に任せておくだけでは足りずに、絶えず妹に恥をかかせたりしていたからだ。
 この家族がひっそりと暮らすようになって一年たったある日、商人は一通の手紙を受け取った。その手紙によると、商品を積んだ船が一艘、無事に港に着いたところだというのだ。この知らせで二人の姉娘の頭はボッーとなるところだった。こんなにうんざりしている田舎をとうとう離れることができると思ったのだ。そこで、父親が出発の準備をしているのを見ると、二人はドレスやら毛皮の襟巻きやら髪飾りやら、そのほかいろいろなつまらない物を持って帰ってくれるよう、父にねだるのだった。ベルは何ひとつ頼まなかった。あの船の商品を全部売った金でも、姉たちの欲しい物を買うには足りないだろう、と考えたからだ。
「おまえは何か買って来て欲しいと頼まないのかい?」と父親はベルに尋ねた。
「わたしのことを思ってくださるなら、バラを一輪、おみやげに持って帰ってくださいな。だってここには一輪も見当たらないのですもの」とベルは答えた。
 ベルはバラが欲しかったわけではなかったけれども、何も頼まなければ姉たちの振る舞いを責めていると思われるような気がしたのだ。実際、ベルが何も頼まなければ、姉たちは、ベルは自分がいい子に見られたいからだ、と言っただろう。
 この人の好い商人は出発した。ところが、商人が港に着くと、それらの商品についての訴訟が申し立てられた。そうしてさんざん苦労したあげく、商人は以前と同じ無一文のままで家に戻ることになってしまった。家に着くまでの道のりが後三十マイルほどになると、商人はもう子供たちに会える喜びでいっぱいだった。しかし、家にたどり着く前には、大きな森を通らなければならず、商人はそこで道に迷ってしまった。雪は激しく降り、風は吹き荒れ、商人は二度も馬から転(こ)ろげ落ちた。日も暮れてしまい、商人は、空腹と寒さで死んでしまうか、そうでなければ狼に食べられてしまうだろう、と思った。商人を包む暗闇からは、狼のうなり声が聞こえてきていたのだから。
 商人が長く続く並木道のはずれに目をやったその時、突然、明るい光が目にとび込んできた。しかしそれは随分遠くにあるようだった。その光に向かって歩いて行くと、その光は、こうこうと明かりのついた大きな宮殿から洩れているのだとわかった。商人は助けを与えてくれた神に感謝し、その城へと急いだのだった。
 ところが驚いたことには、宮殿の庭には誰一人見当たらないのだ。商人について来ていた馬は、扉が開いたままになっている大きな馬小屋を見つけると、さっさと中に入って行った。そこにはまぐさとカラス麦があったので、死にそうにお腹の空いていたこのかわいそうな馬は、夢中でそれにむさぼりついた。商人は、馬を馬小屋につなぐと宮殿の方へと歩いて行ったが、そこにも人っ子一人いなかった。ところが、大広間に入ると、暖炉にはあかあかと火が燃え、おいしそうな肉料理ののったテーブルがあり、そこにはたった一人分の食器が並べられていたのだった。
 商人は雨と雪でずぶ濡れになっていたので、暖炉に近寄って身体を乾かしながら心の中で考えた。
『この家の主人や召使いだって、わたしの勝手な振る舞いを許してくれるだろう。それにその人たちももうすぐ帰って来るだろうし』
 商人はかなり長い間待っていた。だが時計が十一時を打っても、誰も姿を現さないのだ。空腹に耐えきれなくなった商人は、テーブルの上の若鶏を取り上げると、ガツガツとあっという間に食べてしまった。もっとも震えながらではあったけれども。それからぶどう酒もゴクゴクと飲んだ。商人は次第に大胆な気持ちになって、広間を出ると、すばらしい調度品で飾られた広い部屋を幾つも歩き回った。そして最後に、気持ちの良さそうなベッドのある寝室を見つけた。もう真夜中を過ぎてもいたし、疲れきってもいたので、商人は心を決めてドアを閉めるとベッドに横になったのだった。
 翌朝商人が目を覚ましたのはもう十時ごろだった。驚いたことには、ドロドロに汚れていた自分の服のかわりに、とてもこざっぱりとした服が置かれてあった。商人は考えた。
『この宮殿はきっと誰か親切な仙女のもので、その仙女がわたしの境遇を憐れんでくれたのだろうよ』
 商人が窓越しに外を眺めると、雪はもう消えていて、咲き乱れた花のトンネルがあり、目を楽しませてくれるのだった。昨晩食事をした大広間に入ると、ココアののった小さなテーブルが目に入った。
「ありがとうございます、仙女様。ご親切にも、わたしの朝食のことまで考えてくださって」と商人は大きな声で言った。
 商人はココアを飲み終えると馬を連れに行った。その時、バラのアーチの下を通ったので、ベルにバラの花をおみやげに頼まれたのを思い出し、いくつか花をつけている枝を一本折りとった。
 するとそのとたん、大きな音が鳴り響き、見ると、野獣が一頭、商人の方にやって来るではないか。その様子があまりに恐ろしいので、商人はもう少しで気を失いそうになった。
「おまえは何と恩知らずな奴なのだ」野獣は荒々しい声で言った。「わたしはおまえをこの城に迎え入れて生命を助けてやった。それなのにおまえは、わたしがこの世で何よりも大事にしているバラを盗もうというのだからな。おまえの過ちを償うためには死んでもらわなければならぬ。ただ神に許しを請うために、十五分だけ時間をやろう」
 商人はひざまずき、手を合わせて野獣に言った。
「お許しください、殿下。わたしの娘の一人におみやげにと頼まれたバラを一輪摘むことが、あなた様のお気持ちにそむくことになろうとは思ってもいませんでした」
「わたしは、殿下と呼ばれるような者ではない。ただの野獣なのだ」と怪物は答えた。「わたしはお世辞は嫌いなのだ。思ったとおりを話して欲しいのだ。おまえがそんなおべっかを使っても、わたしの心は動かされはしないから、そう思え。だが、おまえには娘がいると言ったな。娘のうち誰か一人が、喜んでおまえの身代わりにここにやって来て、死んでもよいというのなら、おまえを許してやってもよいぞ。さあ、つべこべ言わずに出発するのだ。もし娘たちがおまえのために死ぬのが嫌だと言えば、三ヵ月以内におまえがここに戻って来ると誓うのだ」
 商人は、自分の娘の一人だってこの醜い野獣に捧げるつもりはなかった。けれども、言うとおりにすれば、少なくとも、もう一度あの子供たちを抱きしめることができるだろう、と考えた。そこで商人は、ここに戻って来ることを誓ったのだった。すると獣は商人に、いつでも好きな時に出発するように、と言い、さらにこうつけ加えた。
「おまえを手ぶらで返したくはない。おまえが休んだ部屋に戻りなさい。部屋には大きな空の長持ちがあるから、それにおまえの気に入ったものを何でも詰めるがよい。その長持ちをおまえの家に届けるよう計らってやるから」
 こう言うとすぐ獣が出て行ったので、商人は心の中でこう言った。
『もしわたしが死ななければならないのなら、せめてもの慰めとして、かわいそうな子供たちにパンを残してやることにしよう』
 商人は自分の寝室に引き返した。そこで山のような金貨があるのを見つけると、野獣が話していた長持ちに金貨を詰め込み、ふたを閉めた。それから馬小屋にいた自分の馬を連れ出すと、商人は、この宮殿に入って来た時には喜びでいっぱいだった胸を、今はそれと同じくらいの悲しみでいっぱいにして、宮殿を出て行くのだった。馬は自分で森の中の道の一つを選んで歩いていたが、ほんの数時間もすると、商人は自分の小さな家に着いていた。

……「美女と野獣」冒頭より

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