「ベンスン殺人事件」

ヴァン・ダイン/井内雄四郎訳

ドットブック 266KB/テキストファイル 210KB

600円

ウォール街のとかくのうわさのある株式仲買人ベンスンは、自邸の居間の愛用の椅子の上で、一発の銃弾に眉間を打ち抜かれて死んでいた。右手にはそのとき読んでいたと思われる小型本が、落ちずにしっかりと握られていた。ニューヨークの地方検事マーカムは友達づきあいをしているファイロ・ヴァンスのたっての願いをいれて、ヴァンスを殺人現場に案内する。独自のするどい心理分析でヴァンスは難事件に立ち向かう。ヴァン・ダインの処女作・出世作であり、古典ミステリーの幕開けを画した名編。

ヴァン・ダイン(1888-1939)アメリカ・ヴァージニア州の生まれ。本名はW・H・ライト。ハーヴァード大学大学院では英語学を研究し、のち画家を志してミュンヘンやパリに遊学した。1914年までの数年間は文芸批評家、美術評論家として活躍。第一次大戦に当ってパリに住み、帰米してから強度の神経衰弱で、1923年から25年にかけて病床生活を送った。この間に二千冊のミステリーを読破、自ら創作への意欲を持つことになった。輝かしい業績と名声の中で、わずか51歳にしてニューヨークで亡くなった。代表作「僧正殺人事件」「グリーン家殺人事件」「カナリヤ殺人事件」「ベンスン殺人事件」

立ち読みフロア
 あの重大な六月十四日の朝、アルヴィン・H・ベンスンの殺害された死体が発見されたとき──それは今なおさめやらぬセンセーションを巻き起こしたのだが──わたしはたまたまファイロ・ヴァンスのアパートで、彼と朝食中だった。ヴァンスと昼食や夕食をともにするのは珍しくはなかったが、朝食をともにするのは、ちょっとした出来事であった。ヴァンスは朝寝坊で、昼の食事まではincommunicado(部屋に閉じこもっている)のが普通だったからである。
 こうして早朝から会ったのは、事務上の、というよりはむしろ、美学上の問題からだった。前日の午後、ヴァンスはケスラー画廊で催されたヴォラール〔フランスの画商。印象派の画家のコレクションで有名。著書に『セザンヌ伝』などがある〕のセザンヌの水彩画のコレクションを下見して、とくに気に入った作品を数点見つけたので、その買い入れについての指示を与えるため、わたしをこの早朝の朝食にまねいたのである。
 ここで、この物語の語り手としてのわたしの役割を明らかにするために、わたしとヴァンスの関係について、一言述べておく必要がある。わたしの家庭には、法律の伝統が深く根をおろしている。だから、高校をおえると、わたしもほとんど当然のようにハーヴァード大学の法学部に入れられた。わたしがヴァンスに出会ったのは、そこでだった。そのころのヴァンスは、よそよそしく、皮肉で、辛辣な新入生で、教授にはきらわれ、級友にはおそれられる存在であった。その彼が、教室を離れた友人として、よりによって大勢の在学生のなかから、なぜわたしを選んだのかは、今もってよくわからない。他方、わたしがヴァンスを好きになった理由は簡単明瞭である。彼はわたしを魅惑し、興味をいだかせ、新しい種類の知的な気晴しを与えたのだ。しかし、彼がわたしを好きになったのは、こういう魅力がわたしにあったからではない。昔も今も、わたしは平凡な男で、保守的な、型にはまった精神の持ち主だ。だが、少なくとも、わたしの精神はこわばっていなかったし、重苦しい法律手続きにはあまり感銘を受けなかった。わたしが親ゆずりの職業を好きになれなかったのは、そのためであり、そういう特徴が、ヴァンスの心に、無意識のうちに、ある種の親近感をいだかせたのだろう。たしかに、わたしがヴァンスの気に入ったのは、一種の引立て役、ないしは避難場所としてであり、彼はわたしのなかに自分の性格にないものを感じとったのだ、というあまりありがたくない説明も成り立つだろう。しかし、理由がなんであれ、わたしたちはいつもいっしょであり、歳月がたつにつれて、二人の交際は離れがたい友情にまで実をむすんだのである。
 卒業と同時に、わたしは父の法律事務所、ヴァン・ダイン・アンド・デイヴィスに入り、五年間の退屈な見習期間のあと、若い共同経営者となった。現在、わたしはブロードウェイ二一〇番地に事務所を持つヴァン・ダイン・デイヴィス・アンド・ヴァン・ダイン法律事務所の次席ヴァン・ダインである。わたしの名が事務所の便箋の頭書にはじめてのったちょうどそのころ、ヴァンスはヨーロッバから帰国した。わたしの見習期間中、ヴァンスは向うで暮らしていたのである。そして、おばが亡くなり、そのおもな遺産相続人に定められた関係で、わたしを訪れ、相続した財産を入手するためのいろいろな技術的手続きを委任した。
 この仕事は、わたしたちの間の新しい、いくぶん風変わりな関係のはじまりとなった。ヴァンスは、事務的な処理をするのが、いっさい大嫌いときているので、いつのまにやら、わたしが彼のあらゆる金銭関係の後見人、代理人ということになった。ヴァンス関係の仕事はあれこれあって、わたしが法律問題にさこうとする時間をすべて占めてしまうことがわかったし、かつヴァンスは、いわばおかかえの法律上の雑役夫を持つだけの贅沢ができたので、わたしは事務所の机を永遠に閉じ、もっぱら彼の必要と気まぐれに奉仕することにした。
 ヴァンスがセザンヌの絵を買う相談をしにわたしを呼びよせた日まで、わたしの心のなかに、ヴァン・ダイン・デイヴィス・アンド・ヴァン・ダイン法律事務所から、わたしのささやかな法律的才能を奪ったことにたいして、なんらかの後悔の気持を隠し持ち、あるいは押し殺していたとしても、あの重大な朝を契機として、その気持は永久に消えてしまった。というのは、あの有名なベンスン殺人事件をはじめとして、その後ほとんど四年の間わたしは、若い弁護士などがめったにおめにかからないような驚くべき犯罪事件を目撃する特権に恵まれたからである。実際、その間わたしが目撃したぞっとするような多くの劇は、わが国警察史上のもっとも驚くべき秘録の一部を形づくるものである。

……「
一 ファイロ・ヴァンスくつろぐ」冒頭

購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***