「ビッグ・タイム」

フリッツ・ライバー/青木日出夫訳

ドットブック版 351KB/テキストファイル 108KB

500円

この宇宙の時間と空間、生と死の彼方で改良戦争(チェンジ・ウォー)と呼ばれる果てしない暗闘がつづけられている。この過去と未来が混在する大いなる時間(ビッグ・タイム)のなかの、あらゆる場所が融合した場所(プレイス)では、窮極の勝利などはない。スパイダ一軍のグレタは、この戦いに傷ついた戦士たちをなぐさめるエンターテイナーと呼ばれる看護婦である。死から再生された戦士たち……月世界人と半人半獣が原子爆弾の函を《場所》に持ちこんだ。それをめぐる味方同志の対立、そして《場所》を制御するメインテナーの消失、やがて《場所》は漂流し、原子爆弾の爆発まで30分と迫る。壮大な歴史観を展開し、1958年度ヒューゴー賞に輝いた傑作。

フリッツ・ライバー(1910〜92年)アメリカのSF、ファンタジー作家。シカゴ生まれ。平行宇宙、歴史改変、魔術などを駆使して世界認識の変容を描く手法は独特の味わいで知られる。長編『妻という名の魔女たち』『闇の聖母』はダーク・ファンタジーの古典的名作。中短編の代表作には『跳躍者の時空』『影の船』『あの飛行船をつかまえろ』などがある。

立ち読みフロア
  三人の軽騎兵登場

 わたしたち三人、今度いつ会いましょうか
 雷鳴とどろく時、稲妻の光る時、豪雨の降る時?
 この動乱のおさまった時
 戦(いくさ)の勝敗がきまった時
  ──マクベス

 わたしの名はグレタ・フォーゼイン。年は二十九歳。職業はパーティ・ガールとでもいえばいいだろう。スカンジナヴィア人の両親のもとにシカゴで生まれた。でもいまは、おもに空間と時間の外側――といっても、天国とか地獄といった架空の場所でもなければ、いわゆる、宇宙とか世界でもないところ――で働いている。
 グレタという同名の、あの不滅の映画女優ほどロマンティックな魅力はないけれど、わたしなりの粗野で、とっつきやすい魅力はそなえている。この魅力はわたしには欠かせないものだ――というのは、わたしの仕事は今、戦われている大戦争で消耗し、疲れきって戦線から帰ってくる兵士たちを慰め、看護して正気に戻すことだから。この戦争は、《改良戦争(チェンジ・ウォー)》と呼ばれ、時間旅行者たちのたたかう戦争だ――事実、この戦争に参加することを、わたしたちのあいだでは、《大いなる時(ビッグ・タイム)》に乗りこむといっている。兵士たちは、一億年後、あるいはもっと先にわたしたちの側が最終的には勝利を得られるようにと、過去を変えるために時間を逆行したり、また、未来を改善するために時間に先行する。いわば、果てしのないくたびれる仕事なのだ。
 一般にはだれも《改良戦争》を知らない。しかし、この戦争はたえずその人たちの生活に影響している。そして、無意識のうちに、なにかそういった兆しを感じている人があるかもしれない。
 これまでに、たった一日しかたっていないのに、次の日にはどうしても思い出せなくて、不安になったことはないだろうか。今までに、自分の性格が自分の知識とか理性以外のものの力によって変えられているのではないかと感じたことはないだろうか。理由もなく、とつぜん、確実な死が襲いかかってくるような恐怖にとらわれたことは? またこれまで幽霊が怖くなったことはないだろうか――それも小説などに出てくる妖怪変化の類ではなく、かつては強烈なまでに生々しかった何億という存在のことだ――それらがなんの害もなく、永遠に眠り続けるはずはないと思ったことは? あるいは、いわゆる悪魔や悪霊――すべての時間と空間にわたり、銀河系宇宙の熱い星々や冷えきって形骸となった星々のすべてにひろがる霊魂――について思いをめぐらせたことはないだろうか。すべての世界が、狂った、そして混乱した夢にすぎないと考えたことは? もし、そうなら、その人は《改良戦争》が実在することをすでに感じているのだ。
 わたしがこの《改良戦争》に徴用されたいきさつ、また、その現状、二つの陣営とはいったいなにか、なぜこういったものを世間の人は意識できないのか、わたしの《改良戦争》に対する考え――そういった諸々の疑問は先へ進むにつれ、明らかとなっていくだろう。わたしや仲間が看護の仕事をしている宇宙の外域を、わたしたちは、ただ《場所(プレイス)》と呼んでいる。看護のおもな仕事は、時間戦争から疲れきって帰ってくる兵士たちを楽しませ、喜ばせることにある。事実、わたしたちの正式の役名がエンターテイナーと呼ばれていて、いずれおわかりになるだろうが、わたしは常識はずれの面がある。

……「冒頭」より


購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***