ポー/ホラー・ミステリ傑作集

「黒猫・黄金虫」

エドガー・アラン・ポー作/安引宏・佐々木直次郎訳

ドットブック版 159KB/テキストファイル 99KB

300円

不気味な雰囲気をたたえた殺害と復讐の物語「黒猫」と「おしゃべり心臓」、ホームズとルパンの生みの親デュパンが数学と心理を駆使して謎を解く典型的なミステリーの名編「黄金虫」、鬼気せまる恐怖の物語「メールストロムの渦」ほかを収める傑作集。エキスパンドブックにはウィリアム・シャープのアクアチント版画を収録しました。

エドガー・アラン・ポー(1809〜49) ボストン生まれ。両親を早くに亡くし、タバコ輸出業者ジョン・アラン家の養子となる。合衆国陸軍や雑誌編集などの仕事のかたわら、詩や小説を発表。30歳ごろから「アッシャー家の崩壊」「モルグ街殺人事件」などの代表作をつづけさまに世に送り名声を得た。しかし次第にアルコールに溺れ、1849年、ボルチモアの酒場の前で泥酔状態で倒れているところを発見され、ほどなく死去した。

立ち読みフロア
 これから筆にしようとする、およそとほうもない、だがきわめて素朴な物語を、わたしは読者に信じてもらえるとも思わないし、またぜひ信じてほしいとも思わない。このわたしの五官でさえ、実際に見たり聞いたりしたことを信じかねているような場合に、それを他人に信じてもらおうというのはまったく狂気の沙汰(さた)というものであろう。だが、わたしは気も違っていなければ……またたしかに夢をみているわけでもない。ただしかし明日(あす)わたしは死ぬのだ。だから今日のうちに魂の重荷をおろしておきたいのだ。わたしのさしあたっての目的は、世間の人たちの前に、飾りけなく、簡潔に、何の注釈も加えずに、単なる家庭内の一連の出来事をさらけだすことである。これらの出来事は、その結果、わたしを恐怖におとしいれ……わたしを責めさいなみ、わたしを破滅させてしまった。だがわたしはそれらをくわしく説明する努力はしないだろう。わたしにとってそれらは恐怖以外の何ものも提供しなかったが……多くの人たちにとっては恐ろしいというよりは怪奇(かいき)なものに思われるだろう。今後おそらく、わたしのこの幻想をありふれた日常の事件にすぎないとするような知性の持ち主も見いだされるかもしれない……わたしよりもずっと冷静で、ずっと論理的で、ずっと興奮しないような知性の持ち主があらわれて、わたしが畏怖(いふ)の念をもって物語るこの事件のなかに、きわめてありふれた原因と結果の平凡な継起(けいき)以外の何ものもみとめないようになるかもしれない。
  幼い頃から、わたしは気立てがおとなしくてやさしいというので評判だった。あんまり心のやさしさが目立って、仲間たちの冗談の種にされるほどであった。わたしはことに動物が好きで、さまざまな愛玩(あいがん)用の動物を両親からふんだんに与えられた。わたしはこれらの動物を相手にしてたいてい時間をつぶしたが、動物たちに食物をやったり愛撫したりするときほど幸福なことはなかった。こういう変わった性格は大きくなるにつれて強くなり、大人になってからも、わたしのおもな楽しみの一つはその性格から出てくるものであった。忠実な賢い犬に愛情をもったことのある人々に対しては、このようにして得られる満足感がどういう内容のものか、またそれがどんなにはげしいものかをわざわざ説明する必要はないだろう。動物の没我(ぼつが)的な、自己犠牲的な愛には、ただ単なる人間のけちくさい友情や薄っぺらな信義をたびたび経験したものの胸に直接訴えてくるような何ものかがある。

……《黒猫》より


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