「蒼い氷壁」

ハモンド・イネス/大門一男訳

ドットブック版 259KB/テキストファイル 198KB

600円

帆船ディヴァイナー号で地中海旅行に出かけようとしていたガンサートは、BM&I社の会長から、莫大な価値をもつ珪トリウム合金のもとになる鉱石のかけらを見せられた。鯨肉の箱の中から紙に包まれて見つかったものだという。鯨の血のしみた紙には詩が書き付けられ、ファーネルという署名があった。とすれば、送り主はかつての同僚でノルウェーの氷河で死んだというファーネルではないのか。ガンサートは急遽行き先をノルウェーに変え、ファーネル捜索に乗り出す……北辺の濃霧と激浪の海に、猛吹雪の氷河にくりひろげられる迫真の追跡劇。

ハモンド・イネス(1913〜98)  アリステア・マクリーンやデズモンド・バグリーらに大きな影響を与えたイギリスの冒険小説の先駆者、第一人者。ジョンブル魂を発揮するイギリス人の勇敢な姿を一貫して描き続けた。綿密な現地踏査をふまえた舞台設定は、どの作品においても圧倒的な臨場感をあたえるのに成功し、広範な読者を魅了した。他の代表作に「孤独なスキーヤー」「怒りの山」「銀塊の海」「キャンベル渓谷の激闘」「メリー・ディア号の遭難」など。

立ち読みフロア

 あの朝のことは、いまでもはっきり覚えている。あれは四月の初めで、冷たい風がテムズ河の濁った水面をたたき、小さな荒々しい波頭を立てていた。河の向こうには、ロンドン塔が、雲の飛ぶ空を背景に一段と白く際立っていた。頭上では、タワー・ブリッジが交通ラッシュで騒音をあげている。一団の勤労者が、欄干に集まって、ぼくらが新しい主帆(メンスル)を取り付けているのを見下ろしていた。大気は麦こうじの強いにおいに満ちていた。カモメがたえず輪をえがき、きゃあきゃあ鳴いた。周囲には船がせわしげに往き来していた。
 そのときのぼくの浮々した気分だの、待ち遠しい気持は簡単には説明できない。カモメはぼくらに急げと鳴き立てているような気がした。索具(リギング)をバタバタさせる風も、新しく塗りかえた船体を打つ波のささやきも、何かせかすようだった。タグボートが気短かに汽笛を鳴らし立てた。あつらえ向きの船を見つけるための長い探索、船の索具を取り払い、改装する月日、食糧や備品をかき集めるのに要した日々――それらのすべてがいまこの一日に凝縮されたような気がする。今日は待機の最後の日だ。明日は、夜の白む前に、ぼくらは引潮に乗ってすべるように河を下るのだ――はるかな地中海を目ざして。
 ひと月前に、この瞬間はやっと単なる空想ではないような気がしてきた。それまでは、原料や労働力の不足、輸出目標、外国市場、人間管理――そういったものがぼくの生活だった。BM&I社――卑金属工業会社――の生産部マネジャーが、これまでぼくのやってきた仕事だ。カナダでニッケル鉱を発見し、開発した功績によって、バーミンガム郊外にあるその大工場の地位にのぼったのだ。大戦ちゅう、ぼくはその仕事をつづけた。仕事は愉しかった。それはぼくが戦争好きだからではなく、武器の生産を掌握し、アフリカの砂漠やノルマンディの野を征(い)く銃砲やタンクに、自分のエネルギーの最後の一滴まで注ぎたかったからである。けれど、いまぼくはそれらのすべてをおわった。人は三十六歳でぼくが仕事から逃避したというだろう。祖国は当時混乱していた。ぼくは半分はカナダ人で、生まれつき喧嘩好きだった。しかし、何に対して戦うかをぼくは心得ているつもりだった。統制や禁止令を相手に戦うことはできない。戦争はぼくの独創力を自由に伸ばさせてくれたが、平和はそれを狭いわくにとじ込めた。
 ディック・エヴァードがそのいい見本である。彼はイギリス生まれの男のいい代表だ――のっぽで、くしゃくしゃの金髪をして、そばかすがあり、伝統的な海軍魂ともいうべき誠実さと強い意志を持っている。二十歳で彼は海軍士官になった。二十四歳の時、彼は多数の兵員や装備を自分の指揮下に置き、同時に無限の責任を背負う、コルヴェット艦〔輸送船の護送をおもな任務とする高速の小型艦〕をあずかる海軍中尉になっていた。そして二十八になったいま、彼は世間から一介の機械の番人としてしか見られていなかった。あの訓練の一切を棒にふって!
 この船に乗組むあとの二人、ウィルソンとカーターはそれとは違う。この二人は雇われ船員だ。船に乗るのが彼らの仕事である。しかしディックはそうではない。彼は地獄から抜け出すために来たのだ――いまやっていることよりましなことがイギリスには一つもないので、よその国で可能性を試したいと願ったのである。


……冒頭より


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