「茶色の服を着た男」

アガサ・クリスティ/赤冬子訳

ドットブック版 239KB/テキストファイル 198KB

500円

アンはロンドンの地下鉄ホームの端っこで、嫌いなナフタリンの臭いをオーバーから発散させた男に気づく。次の瞬間、男はアンの後ろにいた人物に仰天したかのように顔を引きつらせて後ずさりし、あっという間に線路上に転落し、送電軌条にふれて焼死した。近くにいた医者があらわれ、死を確認すると足早に姿を消した。そのとき医者は一片の紙切れを落としていった。それを拾ったアンは紙切れにも強烈なナフタリンの臭いが染みついていることに気づく。ということは、この紙切れは……冒険にあこがれるアンはいつのまにか国際犯罪に巻き込まれていく。巧みな構成、ユーモア感覚にあふれたクリスティの長編第4作。
立ち読みフロア
 誰もかれもが、私にこの話を本に書けとすすめる──大はナズビー卿から、小はかつてわが家にいた女中、エミリーにいたるまで。(エミリーには、この前イギリスへ帰ったとき会った。彼女はいった、《まあ、お嬢さま。そのおはなしをみんなお書きになったらすてきな本がおできになりますですよ──まるで映画のような!》)
 事実、そういう仕事をする資格が私にあることはたしかだ。私はまさに発端からその事件にまきこまれ、終始その渦中に身を投じていたばかりか、意気揚々、ちゃんと結末までみとどけたのだから。その上まったく幸いなことには、私自身の知識が埋めることのできない空白の部分は、サー・ユースタス・ペドラーの日記がじゅうぶん補ってくれる。サー・ユースタスは、自分の日記をどうか使ってくれと親切にも申し出たのだ。
 というわけで、これよりアン・ベディングフェルドの冒険談が始められる。
 私はつね日ごろ冒険というものに憧れていた。そう、私の生活は、くる日もくる日も同じでおそろしく単調な毎日だった。父のベディングフェルド教授は、原始人類にかけてはイギリスきっての学者だった。たしかに父は天才だった──そのことは誰しも認めている。父の心は旧石器時代に住んでいた。だが、なんといっても肉体の方は現代に生きているのだから具合悪かった。パパは現代の人類にはいささかの関心ももたなかった──いや、新石器時代の人類をさえ、家畜の番人にすぎないといって軽蔑した。しかも、パパが夢中になるのは旧石器時代でもムスティエ期に入ってからの人間なのだ。
 だが残念ながら、われわれは現代の人間を完全に無視することはできない。どうしたって、肉屋だのパン屋だの牛乳屋だの八百屋だのといった人たちとなんらかの交渉をもたざるを得ないのだから。だけど、パパは過去の時代に没頭しているし、ママは私が赤ん坊のころに死んでしまっているものだから、家事いっさいをとりしきるのは私の役目になっていた。正直にいって私は旧石器時代の人類なんぞ大嫌いだ、たとえそれがオーリニャック期の人間だろうとムスティエ期だろうとシェル期だろうと同じこと。パパの『ネアンデルタール人』とその祖先はおおかた私がタイプして校正もしたのだけれど、私はネアンデルタール人そのものがいやでいやでたまらない。彼らがもう遠い昔に絶滅してしまったとはなんという幸いか、とつくづく思う。
 パパに私のそういう気持がわかっていたかどうかは知らない。たぶんわかってはいなかったろう。だいたいパパはそんなことに関心をもとうとしなかった。パパは他人の考えに少しでも関心をもったことなど一度だってないのだ。そこがパパの偉いところなのかもしれない。それと同じことで、パパは日常の生活に当然ついてまわることどもにも超然として暮していた。食事にしても、自分の前におかれたものをゆうゆうと食べる、だがいざその代価を支払うだんになってもちょっと困ったような顔をするだけで大して苦痛に感じないらしかった。うちにはいつまでたったってお金が入りそうにもなかった。パパの名声はお金になって戻ってくるような種類のものではなかった。パパは重要な学会にはほとんどどれにも名を連らねていたし、名前にはいろんな肩書きが幾列にもついてはいたけれど、一般の人々はパパの存在などほとんど知ってはいなかった。パパの多年の研究成果である著書の類だって従来の知識を大幅に補うものなのだけれど、一般大衆の関心を惹(ひ)くようなものではなかった。
 たった一度だけ、パパが世間の注目を浴びたことがある。パパはある学会でチンパンジーの子供に関する論文を発表した。それは、人間の子供はある程度類人猿的特徴を有しているが、チンパンジーの子供は成長したチンパンジーにくらべて、より人類に近い。このことは、われわれ人類の祖先が現在のわれわれにくらべて、より類人猿に近いのに反し、チンパンジーの祖先のほうは現存の種類よりも高等であったことを示す。すなわち、チンパンジーが退化したことを示している、というのであった。このとき、かの進取の気象に富むデイリー・バジェット紙がビッグ・ニュースとばかりとびついて大見出しでこれを掲載した。曰(いわ)く、《人類は猿の子孫ではなく、猿のほうがわれわれ人類の子孫か?さる有名教授、チンパンジーは人類の退化せるものと発表》。そのすぐあと、新聞記者がやってきてパパに、この説についてやさしい読みものを連載で書いてほしいと頼んだ。
 パパがあんなに怒ったのは初めてだった。パパはその新聞記者をすげなく追い返してしまった。私は大いに悲しかった。そのときはことさらお金に窮していたのだから。私はよほどその青年を追いかけていって、父が気を変えたから注文の原稿を送りますといおうかと考えた。私が自分でその原稿を書くぐらいのことは簡単だったし、デイリー・バジェットをとっているわけじゃないからパパには知れやしない。しかしやっぱり危険だったからこの手段はあきらめた。その結果、私は一張羅の帽子をかぶってみじめな気持を胸に抱きながら、町の食料品屋へお金の払えないいいわけをいいに行くより仕方がなかったのである。

……第一章冒頭

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