「奇妙な花嫁」

E・S・ガードナー/能島武文訳

ドットブック版 224KB/テキストファイル 194KB

500円

ペリイ・メイスン登場! メイスン事務所に相談に現れた女性は友だちに頼まれて来たといい、おかしなことを聞き出そうとした。メイスンは体よく追い払うが、気になって仕方がなかった…ましてその女性をつけている男があったと、たまたま来合わせた友人の探偵に知らされてみれば。そして殺人事件が…緊迫の法廷場面で一気に盛り上がるメイスンもの初期の名編。

アール・スタンリー・ガードナー(米、1889〜1970)鉱山技師の息子に生まれ、正統な教育は受けなかったが、のち法律に志し、21歳で弁護士事務所をカリフォルニアに開いた。22年間の刑事弁護士生活の経験を生かしてペリイ・メイスンものの処女作「ビロードの爪」を発表、見せ場の法廷場面とハードボイルド・タッチで一躍人気作家に。メイスンものだけでも80作にのぼる。レイモンド・バー主演のテレビのメイスン・シリーズは有名。

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 その女は、妙にそわそわしていた。ほんのしばらく、その目を、弁護士の目にあてていたと思うと、すぐにその目をそらせて、法律書がぎっしり詰まった書棚の方へ走らせた。入れられた檻(おり)をきょろきょろと見るけもの(ヽヽヽ)のような目つきだった。
「おかけなさい」と、ペリイ・メイスンはいった。
 ペリイ・メイスンは、無遠慮(ぶえんりょ)に品定めするような目つきで、じっと、相手の顔を見つめた。こういう目つきは、長年のあいだ、弁護士という職業にたずさわってきて、人間の心の深い奥底を──法廷で、証人席に立った証人ばかりでなく、依頼人の肚(はら)の底を読んできたあいだに、自然に身についた目つきだった。
「わたしがお訪ねしましたのは」と、女はいった。「お友だちの代わりなんですの」
「はあ?」と、抑揚(よくよう)のない口調で、ペリイ・メイスンはたずねた。
「わたしのお友だちのご主人が行方不明になっているんです」と、女はいった。「なんでございましょう。そういう場合には、失踪宣言を裁判所から受ければ、死亡を認定してもらえるんでしょう?」
 ペリイ・メイスンは、それには答えずに、
「お名前は」といった。「ヘレン・クロッカーさんとおっしゃるんですね?」
「はい」
「お年は?」と、無造作に、メイスンはたずねた。
 女は、ちょっとためらっていたが、
「二十七になります」といった。
「わたしの秘書は、新婚まもない方(かた)だと思ったようですよ」と、弁護士は、つづけていった。
 女は、大きな革張椅子(かわばりいす)のなかで、尻が落ちつかないように、もじもじしながら、
「どうぞ」といった。「わたしのことは、すてといてくださいませ。わたしの名前だとか年だとかは、きょうのご相談には、なんの関係もないんでございますから。申し上げましたように、お友だちの代わりにお伺いいたしましたので、わたしがどういう人間かということは、別にご承知になっていただかなくても結構なんでございます。わたしは、ほんのお使いにすぎないんですの。むろん、お礼はお払いいたします──現金で」
「わたしの秘書というのは」と、ペリイ・メイスンは、前とおなじ口調でつづけた。「ふだん、あまり見まちがえるということはしないほうなんですがね。その秘書は、たしかに、あなたは最近結婚なすったばかりだと感じたらしいんですよ」
「いったいなにが、そんな印象を与えたんでしょうか?」
「たぶん、その結婚指輪をいじる、あなたの手つきが、嵌(は)めたばかりだという感じを与えたのでしょうね」
 女は、暗記してきたものをおさらえでもするように、必死の早口でしゃべり出した。
「お友だちのご主人は、そのとき、飛行機に乗っておいでになったのだそうです。もうずっとなん年も前のことなんで、場所もはっきりおぼえていないんですけど、どこだったか、湖水の上だったそうです。霧の深い日だったという話ですから、きっと、操縦士は水面すれすれを飛ぼうとしたんでしょう。それで、あっというまに、機体を水面にぶっつけたんですわ。ひとりの漁師が飛行機の音を聞いたそうですけど、なんにも見えなかったそうです。その人の話では、水面から数フィートのところを飛んでいたらしいということなんですの」
「あなたは、結婚なすったばかりですか?」とペリイ・メイスンがたずねた。
「いいえ!」と、さっと憤(いきどお)りをあらわして、女はいった。
「飛行機が」と、ペリイ・メイスンはたずねた。「遭難(そうなん)事故を起こしたというのは、確かなんですか?」
「ええ、残骸が見つかったんです。たしか、フロートといっている、あれだったと思いますわ──飛行機のことは、あまりよく存じませんけど。それから、乗客の死骸もひとつ見つかりました。操縦士の死骸も、それから、ほかの三人の乗客の死骸は、とうとう発見されませんでした」
「あなたは、結婚してどれくらいにおなりです?」と、弁護士はきいた。
「どうぞ」と、女はいった。「わたしのことは、すてといてくださいまし。さきほども申し上げましたように、メイスンさん、わたし、お友だちのためにお知恵を拝借したいと思ってあがったのでございますから」
「つまり」と、メイスンがいった。「生命保険の契約がしてあったのだが、保険会社では、死体が発見されなければ保険金を払わないというのでしょう?」
「ええ、そうなんですの」
「それで、保険金をとってくれとおっしゃるんでしょう?」
「それもお願いいたしますわ」
「そのほかには、どんなことです?」
「その妻に、再婚する権利があるかどうかということなんですの」
「その方(かた)の、ご主人が生死不明になってから、どれくらい経(た)っています?」
「七年くらいだと思いますけど、もうすこし長いかもしれません」
「そのあいだ」と、ペリイ・メイスンはたずねた。「ご主人からの便(たよ)りはないのですね?」
「ええ、なんの便りもないのです。あの人は、死んでしまったのです……でも、離婚となると」
「離婚とは、なんです?」と、弁護士はきいた。
 女は、神経質に、声をたてて笑って、
「なんだか、話の順序を前後しちゃって、ごめんなさい」といった。「その女の人が再婚したがっているんですの。ところが、死体が見つからない場合は、再婚するには離婚しなけりゃいけないって、誰かがいったんですって。おかしいじゃありませんか。ご主人は死んでしまっているんですものね、ほんとに。だのに、死んだ人から離婚をとるなんて、ずいぶん変な話ですわね。ねえ、離婚しなきゃ、再婚できないんですの」
「行方不明になってから、七年以上経(た)っているんですね?」
「ええ」
「まちがいありませんね?」
「ええ、もう七年以上ですわ──でも、あのときは、まだ……」
 その声は、語尾がしだいに消えて、聞きとれなくなった。
「あのときは、なんです?」と、メイスンがたずねた。
「いま交際している方と、はじめてお会いしたときのことですけど」と、ヘレン・クロッカーの言葉は、しどろもどろになった。
 ペリイ・メイスンは、冷静に、品定めでもするように、相手の女をじっと見つめていたが、自分がじろじろと相手を見つめている事実には、気がついていないようだった。
 ヘレン・クロッカーは、べつに美人というのではなかった。顔色は、青味を帯びて冴(さ)え冴(ざ)えとしていなかった。口は、ちょっと大きすぎるくらいで、唇も、ふっくらしすぎていた。しかし、なかなかよく整った体つきで、その目には、才気がひらめいていた。だから、全体として見れば、決してみにくい女というのではなかった。
 女は、落ちついて、むしろ挑戦的な色を目に浮かべて、メイスンの視線を受けとめていた。
「ほかにまだ」と、ペリイ・メイスンがたずねた。「なにか、お友だちが聞きたいということがおありですか?」
「ええ。そりゃもう、聞きたがって、ほんとに──もう夢中で知りたがっていることが」
「どんなことを聞きたがっているんです?」と、メイスンはたずねた。
「あなた方、法律家が、罪の主体(コーパス・デリクティ)とおっしゃっていらっしゃることを知りたがっているんですの」
 ペリイ・メイスンは、はっとして、じっと相手を注意深く見た。が、やがて、冷静な落ちつきをとり戻して、相手を見つめながら、たずねた。「コーパス・デリクティについて、どういうことを知りたがっていらっしゃるんです?」
「お友だちは、どんなに不利な証拠がそろっていても、死体が発見されないかぎり、殺人罪で起訴されるはずがないというのは本当かどうか知りたがっているんですの。ほんとでしょうか、そんなことは?」
「そして、そんなことを知りたがっているのは」と、ペリイ・メイスンがいった。「ただ好奇心を満足させたいというだけですか?」
「ええ、そうですわ」
「とすると、あなたのそのお友だちは」と、ペリイ・メイスンは、冷やかな、無慈悲(むじひ)なほどの強い口調で、ずばりとつづけていった。「保険金を受け取って、好きな男と自由に再婚するためには、ぜひ、死んだ夫の死体が出てほしい、が同時に、殺人の訴追を免れるためには、あくまでもその死体を隠しておかなくちゃならん。そういうわけですね」

……巻頭より

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