「ジュリアス・シーザー」

シェイクスピア作/大山敏子訳

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400円

ポンペイを打ち破ってローマに凱旋するシーザー(ユリウス・カエサル)……歓呼の声を張り上げて迎える市民たちに混じって、シーザーの野心を警戒し、その暗殺を企てるキャシアスらの姿があった。キャシアスらは野望実現のために「高潔の士ブルータス」を仲間に引き入れる。暗殺、そしてシーザーの死体を前にしてのブルータスの自己正当化の演説と、まんまと敵対者に取り入ったアントニーの巧みな人心誘導演説……市民の心は一転してブルータスたちから離れ、謀反人をかりたてる暴徒と化す。シェイクスピア史劇の代表傑作。
立ち読みフロア
〔フレイヴィアス、マララスおよび数人の市民たち登場、舞台の上を歩き回っている〕
【フレイヴィアス】 出てゆけ! 家に帰れ! 怠け者めらが! 家に帰れ! 祭日か何かのつもりか? おい! 知らないのか? 職人なら、仕事日には、職人らしいかっこうして歩かなければならんという掟(おきて)があることぐらいお前たちが知らんはずはあるまい。おい、お前の商売は何だ?
【大工】 へい、だんな、大工でござんす。
【マララス】 お前の皮の前掛けや、物さし(・・)はどこへやった? 何だってお前は晴れ着なんか着かざっているんだ? おいお前さん? ご商売は何ですかな?
【靴屋】 へい、だんな、りっぱな職人衆の前じゃお恥ずかしいんですが、あっしは、その、まあ、いわば、直し屋なんでござんすよ。
【マララス】 お前は何の商売なんだ? はっきり返事をしろ!
【靴屋】 へい、だんな、心に何のやましい所なくやって行ける商売とでも申しましょうか。つまり、まったくのところ、悪くなったところを直すんで。
【フレイヴィアス】 何の商売だと? 下(くだ)らん奴(やつ)めが! ろくでなし奴(め)! 何の商売だ?
【靴屋】 ねえ、だんな、お願いですからそんなにやぶれかぶれに当たらないでくださいまし。もっとも、やぶれたら直してさし上げますがね。
【マララス】 何だと? おれを直す? けしからん奴めが!
【靴屋】 いえ、なに、だんな! だんなの靴を直してさし上げますんで。
【フレイヴィアス 】 それじゃ、お前は靴屋だな? え、そうだな?
【靴屋】 そのとおりで、だんな。あっしの生活は突錐(つきぎり)で成り立ってますんで。あっしは他の商売の人のことには口を入れることはいたしません、もちろん女のことについてもですがね。ですがね、だんな、あっしゃあ、まったくのところ、古靴の直し屋なんで。古靴があぶなっかしい状態になったら直すのが、あっしの役目なんでさ。いやしくも牛皮の靴をはいて歩いたことのあるりっぱな男ならだれでも、このあっしのこしらえた靴をはいてまさあ。
【フレイヴィアス 】 だが、なぜ、お前は今日、店にいないのだ? なぜ、お前はこんな奴(やつ)らを引きつれて街(まち)へ出て来たのだ?
【靴屋】 実のところ、みんなに靴をすりへらしてもらうためでさ。そうなりゃ、もっとあっしの仕事はふえますからね。いえ、だんな、今日仕事を休んだのは、ほかでもない、シーザー様を見るため、がいせん(・・・・)をお祝いするためなんで。
【マララス】 なんのために祝うんだ? シーザーがどんな勝利を持ち帰ったというのだ! 捕りょ(・・)のかせ(・・)をはめられ、彼の戦車の車輪につながれた、どんな納貢者(のうぐしゃ)たちが彼について来たというのだ? 切り株め! 石っころめ! 石っころにも劣る奴(やつ)らだ! おお、なんとかたくなな心だ! なんと残酷なローマ市民たち! お前たちはポンペイを知らなかったのか! いくたびとなくお前たちは城壁にのぼり、胸壁にのぼったではないか、塔にも、窓にものぼった、そうだ煙突の頂上にも、子供たちを腕にいだいてのぼったのだ。そうしてそこで、一日中、じっと期待を心にいだいてお前たちは座(すわ)っていた、あの偉大なポンペイがローマの街(まち)を通ってゆくのを見ようと。そして彼の戦車があらわれるのを見たとき、お前たちはいっせいに歓喜の叫び声を上げたので、その叫び声が凹(くぼ)んだ岸にこだま(・・・)してひびきわたるのを聞いたその時に、テヴェレ川はその岸の下でおびえふるえたほどではなかったか? そのお前たちが、今、晴れ着をきているのか! そのお前たちが、今、お祭りさわぎをしようというのか! そのお前たちが、今、花をまきちらそうというのか、ポンペイの血の上を、勝ちほこってふみ渡って来た者のために! さあ、立ち去れ! お前らの家に走って帰れ! そしてひざまずいて、この忘恩に対してきっとふりかかってくるにちがいないわざわいを、どうか一時でもまぬがれさせてくれと神々に祈るのだ!
【フレイヴィアス】 さあ、さあ、市民たち、みんな行け! そしてこのあやまちを悔(く)いて、お前たちの仲間をみんな集めるのだ。そして皆をテヴェレの川の岸に連れてゆくのだ。そこでありったけの涙を川に注(そそ)ぎこむがよい。もっとも低い流れももっとも高い川岸にくちづけすることができるまで。〔市民たち退場〕
 そら、あんな奴らだって感動せずにはいられないじゃないか、罪の意識に、ただ黙りこくって帰って行った。さあ君はこの道をキャピトルの方へ行ってくれ、わたしはこっちへ行く。もしあいつらがお祭り気分で像をかざりたてているのを見つけたら、そのかざりつけをはずしてくれたまえ。
【マララス】 そんなことをしてもいいだろうか? 君も知っているように、ルーパーカスのお祭りなんだぜ。
【フレイヴィアス】 かまうもんか! どこのどんな像にだって、シーザーのための飾りものなんかつけさせるものか! わたしはそこらを歩いてくる。市民どもを通りから追いはらってくるつもりだ。君もそうしてくれ。きゃつらが大勢たむろ(・・・)しているのを見たら追いはらってくれ。シーザーの翼からだんだんに育ってゆく羽根をむしりとってしまえば、彼とても並の高さしか飛べはしないんだから。さもないと彼はたちまち人間の目のとどかない所まで飛び上がって、われわれを卑屈なおそれの中にとじこめてしまうからな。〔退場〕

(第一幕第一場より)


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