「椿姫」

デュマ・フィス作/石川登志夫訳

エキスパンドブック 500KB/ドットブック版 290KB/テキストファイル 194KB

500円

椿の花しか持たないため、椿姫と呼ばれるパリの高級娼婦マルグリットと純真無垢な青年アルマンのひたむきな恋と別離。大デュマの私生児デュマ・フィスの出世作で、劇化され、ヴェルディのオペラの原作ともなった。優雅な原書挿し絵13点を挿入。
立ち読みフロア
  本気で勉強してからでなくては、どんな国の言葉でも話せないように、十分に人間というものを研究しつくしてみなければ、小説中の人物をつくり出すことはできない。これがわたしの意見である。
  わたしの年齢は、こうした人物をつくり出せるまでには、まだ間があるので、ただ単に事実を語るだけで満足するほかはない。
  さて、この物語は事実あったことで、女主人公をのぞけば、登場人物はすべて皆、今なお生存しているということを読者に信じていただきたいのである。
  なおまた、ここに取りまとめて書く大部分の出来事については、パリの現場にいあわせて、実際にまのあたりに見た人たちもいるのだから、もしわたしの話だけで不十分ならば、その人たちに証人になってもらっても結構である。ただ、ある特別の事情から、その出来事を書きしるすことができるのは、わたし一人だったのである。それというのも、最後のいきさつをうち明けられたのはわたしだけで、このいきさつを知らなくては、興味ぶかく、そしてまとまった一編の物語をつくることは、とうてい不可能なことだからである。
  ところで、こうしたいきさつを、どうしてわたしが知るようになったか、その次第は次のとおりである。
 ……一八四七年三月十二日のことだった。家具や、みごとな骨董品(こっとうひん)の売立てをするという黄色い大ポスターを、ラフィット街で見かけたのだった。この売立ては持ち主が亡(な)くなったので行なわれるのだった。ポスターには故人の名前はなかったが、売立てはアンタン街九番地で、十六日の正午から五時までの間に行なわれることになっていた。
  このほかポスターには、十三日と十四日に、部屋と家具の下見をさせると書いてあった。つねづね骨董好きなわたしは、この好機をいっせず、買わないまでも、せめて見るだけは見ておこうと心にきめた。
  そこで翌日になると、アンタン街九番地に出かけてみた。
  時間がまだはやいというのに、部屋のなかには、男それに婦人も加えて、もう多くの見物人が詰(つ)めかけていた。婦人たちは、皆ビロードの服をまとい、カシミヤの肩掛けをはおり、戸口には優雅(ゆうが)な二人乗りの馬車まで待たせているような身分でありながら、目のまえにならべられている贅沢(ぜいたく)な品々を、おどろきのまなざしや、感嘆の面持(おもも)ちで、眺めわたしていた。
  しばらくしてからわたしには、こうしたおどろきや感嘆の理由が、なるほどと合点(がてん)がいった。というのは、わたしもよく注意して、あたりを見まわしてみて、いま自分が男に囲(かこ)われていた女性の部屋にいることに容易に気づいたからである

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