「クリスマス・カロル」

ディケンズ/安藤一郎訳

エキスパンドブック 987KB/ドットブック版 177KB/テキストファイル 91KB

300円

クリスマスの前夜、守銭奴で強欲な商人スクルージの前にあらわれた三人の「幽霊」たち。三人はスクルージをしんみりとさせ、心ゆくまで楽しませ、はては恐怖のどん底に突き落とす……。長いあいだ親しまれてきた「クリスマス・ストーリー」の最高の名作。エキスパンドブックは、アーサー・ラッカムの定評のあるカラー挿し絵つき。

チャールズ・ディケンズ(1812〜70)英国ポーツマスに生まれる。幼い頃から本好きで向学心の強い少年だったが、貧窮のため独学。議会報道記者として経験を積み、「ボズのスケッチ」を手始めに小説を書きはじめる。以後、ユーモアを交えた哀感のこもった作風でヴィクトリア朝の代表作家になった。社会悪に対する告発は、革命なしの社会改革に貢献したとも評される。代表作「ピクウィック・ペイパーズ」「オリヴァ・トゥイスト」「デヴィッド・コパーフィールド」「二都物語」「骨董店」「クリスマス・カロル」など。

立ち読みフロア
  まず話のはじめから言うと、マーレイは死んだのである。そのことには、少しの疑いもない。マーレイの埋葬の登記簿には、牧師と教会の書記と葬儀屋と、それから喪主が署名した。スクルージが署名したのである。スクルージの名前は、彼がペンを取って署名するどんなものにも、取引所では有効であった。
  マーレイ老人は、扉の鋲釘(びょうくぎ)のように、完全に息の根が止まってしまったのだ。
  ところで、ちょっと聞いてください! こう書く私は、鋲釘になにか特別に死んだところがあることを、自分の経験から知っているなどと申すわけではない。私としては、取り引きのうちで一番死んでいる(売れない)金物類として、棺釘(かんくぎ)をあげたいところである。しかし、私たちイギリス人の祖先の知恵は、こういう喩(たと)えの中にひそんでいるのである。そこで、私は自分のおろかな手で、それをわざわざかきみだしたくないと思う。もしそんなことをしたら、この国が減びてしまうでしょう。それゆえに、もう一度、はっきりと、私にくり返してこう言わせてください……マーレイは、鋲釘のように、まちがいなく死んだのだ、と。
  スクルージは、マーレイが死んだことを知っていたろうか? もちろん、知っていた。知らないなどということが、どうしてあろう? スクルージとマーレイは、何年か、私の知らないくらい長いあいだ、一緒に仕事をしてきた。スクルージは、マーレイの唯一の指定遺言執行人であり、唯一の遺産管財人であり、唯一の遺産相続人であり、唯一の残余財産受取人であり、唯一の友人で、また唯一の会葬者であった。そのスクルージにしても、この悲しい出来事にまったくしょげてしまうほどでなく、葬式の当日にも、彼は人なみすぐれた商売人ぶりを発揮して、相当儲(もう)けのある取り引きで、その葬式を大いに盛んにすることを忘れなかったのである。
  ここでマーレイの葬式のことが出たので、私は、話を始めのほうへもどしましょう。マーレイが死んだことには、疑いがない。これは、はっきりと呑みこんでおいてください。そうでないと、私がこれから話そうと思う物語からは、何も驚くようなことが出てこないのである。もしハムレットの芝居が始まる前に、ハムレットの父が死んだことを私たちが十分に知っていなかったならば、ハムレットの父が夜、東風に乗じて、城壁の上をぶらぶら歩くということに何の意味もないわけで、それはだれか中年の紳士が、日が暮れてから、風のよく吹くところ……まあ、たとえば聖ポール寺院付近へ、それもただうすばかの息子をおどかしてやろうと、突然出かけて行くのとそう変わりはないのですから。

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