「カザノヴァ回想録 第一巻」

カザノヴァ/田辺貞之助訳

ドットブック版 391KB/テキストファイル 427KB

1200円

破天荒な才気と知力、山師的な感覚、抜群の記憶力・行動力によって、18世紀ヨーロッパの各地の宮廷で勇名をはせた男の、一世一代の「回想録」。なによりも女を愛し、自由を愛し、人生を享楽しつくしたカサノヴァの生きざまは抜群のおもしろさに満ち、ロココ時代を生き生きとよみがえらせる。この第一巻には、生い立ちから始まって、司祭になる勉強、14歳のときの童貞喪失、16歳のときの神学校追放、軍人としての活躍、コンスタンチノープルでの冒険、劇場楽師への転落、そして幸運と持ち前の機転による20歳のときの思いがけぬ金づるの獲得までを収める。

ジョバンニ・ジャーコモ・カザノヴァ(1725〜98)
 イタリアのヴェネチアに、俳優の両親の息子として生まれた。司祭、説教師、錬金術師、カバラ通、賭博者、バイオリニスト、軍人、スパイ、外交官、著述家、そして何よりも稀代の女性遍歴者として知られ、一生をさまざまな冒険のうちに過ごした。カサノヴァの名は今日「道楽者」「放蕩者」と同義語に用いられる。
 16歳のときスキャンダルを起こしてサン・チプリアーノ神学校を追放になり、ローマに出て枢機卿の秘書になった。以後の40数年間、彼はほとんどヨーロッパ中を股にかけて各地を遍歴した。45年にはヴェネチアのサン・サムエレ劇場のバイオリニスト、50年にはフランスのリヨン、52年にはパリ、その後、ドレスデン、プラハ、ウィーンをへて55年にヴェネチアに帰国。魔術師の嫌疑をかけられて投獄されたが、脱走してパリへ。パリでは官営富くじの導入者として成功し、経済に明るいと有名になって、華やかな社交界に交わった。ルイ15世の知遇を得、ローマ法王、ヴォルテール、ポンパドール夫人らとも知り合った。その後も、ローマ、ロンドン、ベルリン、リガ、サンクト・ペテルブルグ、ワルシャワに行き、決闘騒ぎを起こしてスペインに逃亡。74年にはヴェネチアにもどってしばらく政府スパイとして働いたあと、85年にボヘミヤのワルトシュタイン伯の図書館司書として落ち着いた。そこで「回想録」を執筆、98年にそこで亡くなった。
 カザノヴァは冒険家としての生涯のなかで多くのものを書いた。69年には「ヴェネチア史」を著し、75年にはホメロスの「イリアス」を翻訳したほか、多くのオペラ台本を書き、地底に旅するSFまで書いた。だがカサノヴァの文筆家としての名声は「回想録」につきる。この本はそのあけすけな内容のためにむろん生前には出版されず、たとえ日の目をみても検閲本ばかりで、完本は1960〜62年にドイツで初めて出版された。この翻訳はむろん完訳本である。「回想録」は18世紀のヨーロッパ都市社会の実態を記録したきわめてすぐれた記録文学ともなっている。ルソーもモーツァルトも、その時代に生きていた。

立ち読みフロア
 この家をあとにしながら、私はどんなにはてしない思いにかられたことだろう! なんという教訓だったことか! 現実と想像とを考えるとき、私は後者をえらんだ。現実は想像に依存するからである。恋愛の基礎は、のちに悟ったことだが、好奇心である。これは種族保存のために自然がわれわれに与える性向と力を合わせて、すべてをなすのである。女は書物と同じだ。書物は、よかれあしかれ、まず口絵によって読者の興味をさそわなければならない。口絵がおもしろくなければ、読んでみようという意欲をおこさせない。しかも、この意欲は、その力において、書物が与える興味に匹敵するのだ。女の口絵も書物の口絵と同様、ピンからキリまである。そして、私のようにできあがった多くの男をおもしろがらせる女の足は、作品の装幀が文学者に与えるのと同じ興味を感じさせる。したがって、女が顔や着物に神経をつかうのはまちがいではない。なぜなら、生まれたときに自然から盲目に生まれつくのが当然だと刻印をおされなかった男たちに、彼女らを読んでみたいという好奇心を起こさせるには、それよりほかに手がないからである。ところで、たとえ悪いものでも、多くの書物を読んだものはさらに新しい書物を読みたがると同様に、美しい女をたくさん愛した男は、しまいには、新しい女だと思えば、醜い女たちにさえも興味をおぼえるものである。たとえば、紅白粉で飾りたてた女を見るとしよう。紅白粉がすぐ目にとびこんでくる。しかし、それは彼を尻込みさせない。悪徳と化した彼の情欲は贋《にせ》の口絵をかばうために、屁理屈を暗示する。この本はたいして悪くないかもしれない。こんな滑稽《こっけい》なまやかしなんか必要ではないのかもしれない、と、彼は独り言をいう。そして、ざっと目をとおしてみよう、ペラペラとめくってみようと思う。しかし、そうはいかない。生きた書物は抵抗する。まじめに読んでもらいたがるのだ。こうして、読書狂は化粧の犠牲となる。この化粧というものは愛にいそしむすべての男を迫害する怪物なのだ。
 アポロが私のペンの先からほとばしらせた、この最後の二十行を読んだ才子よ、もしもきみの迷いをはらすのにこの二十行がなんの役にもたたなかったなら、きみは破滅である、つまり、きみは生命の最後の瞬間にいたるまで、女の犠牲となるであろうといわせていただきたい。しかし、私の言葉がきみに不快の念を与えなかったら、心からお喜びを申しあげよう。

……第七章 [女性は書物である]冒頭より


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