「城(上・下)」

カフカ/谷友幸訳

(上)ドットブック 190KB/テキストファイル 194KB

(下)ドットブック 198KB/テキストファイル 202KB

各500円

測量士Kは「城」から招かれ「村」を訪れた。だがようやくたどりついた村からは「城」はろくに見えず、村人の待遇はよそよそしい。城に到る道は迷宮のように錯綜していて、Kは城に到ろうとさまざま試みるが、どうやってもたどりつけない……20世紀文学に異彩をはなつ大作。

フランツ・カフカ(1883〜1924) ドイツ語で作品を発表したチェコ生まれの作家。中産階級のユダヤ人家庭の生まれ。プラハ大学で法律を学び、労働災害保険局に勤務し、余暇をみつけて執筆した。生来の不安症や憂鬱症にくわえて、結核を患い、41歳で亡くなった。カフカは、自分の死後、未刊の原稿をすべて焼却してくれるように願ったが、友人で、のちに彼の伝記も書いたユダヤ系ドイツ人作家マックス・ブロートによって、今日のカフカの名声を不動のものにした多くの作品が出版された。代表作「審判」「城」「アメリカ」の3大長編作品は、すべて、こうして公になった。

立ち読みフロア
 Kが着いたときは、もう晩おそかった。村は深い雪に被《おお》われていた。城山はなにひとつ見えず、霧と闇とに包まれて、あの大きな城があることを暗になりとも伝えるような、どんなかすかな明かりすらなかった。長いあいだ、Kは国道から村へ通ずる木の橋のうえに立ったまま、今は虚空としか見えぬ前方をじっと見上げていた。
 それから、彼は、寝る所を探すために、歩きだした。たまたま飲み屋がまだ起きていた。もとより、貸すような部屋は、持ち合わせてなかったものの、この夜おそい客にひどくびっくりして、すっかり取り乱してしまった亭主は、店に藁《わら》ぶとんを敷いてなら寝かせてあげてもよい、と言った。Kもそれを了承した。まだ数人の農夫たちがビールを飲んでいたが、だれとも口をききたくなかったKは、自分で屋根裏部屋から藁ぶとんを取ってきて、ストーブの近くに身を横たえた。暖かかった。農夫たちも静かだった、Kは、疲れた眼でまだしばらくは彼らの様子を探っていたが、そのうちに眠り込んでしまった。
 ところが、それからすぐに、早くも起こされてしまった。都会風の服装をし、俳優めいた顔付きの、眼が細く、眉《まゆ》の太い、若い男がひとり、亭主と一緒に、彼のわきに立っていた。農夫たちは、まだ居すわっていて、そのうちの二、三の者は、すこしでも見落としたり聞き漏らしたりすることのないように、掛けている回転椅子をこちらのほうへ向けていた。若い男は、Kを起こしたことを非常に丁重にわび、城の執事の息子と自己紹介してから、言った、「この村は、城の領地です。ここに住んだり、泊ったりするのは、言わば城中に住んだり、泊ったりするのと、同然です。そのため、伯爵様のお許しがなければ、なんぴとたりとも、いけないことになっているのです。ところが、あなたは、そのような許可証をお持ちでない。いや、すくなくとも、まだそれをご呈示になっていない」
 それまで、なかば身を起こして、髪の乱れをなでて整えていたKは、下から両人を見すえながら、言った、「なんだか、とんでもない村へ迷い込んでしまったようですが。一体、ここには城らしいものでもあるのでしょうか」
 Kの言葉を聞いて、そこかしこで、頭《かぶり》を振る者もいたが、相手の若い男は、ゆっくりした口調で、「もちろんですとも」と、言った。「ヴェストヴェスト伯爵様のお城がね」
「それで、宿泊許可証がないといけないわけですね」と、Kは、さっきの通告がまさか夢だったのではあるまいと思い、それを確かめようとするかのように、問い返した。
「許可証がないといけないのです」それが返事だった。そして、若い男が、並みいる亭主や客たちに向かって、腕を延ばし、「それとも、許可証なんかなくったっていいとでも言うのかい」と、尋ねたときには、明らかに、Kにたいするひどい嘲《あざけ》りがその言葉のなかに含まれていた。

……第一章 冒頭より


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