「チョールフォント荘の恐怖」

・W・クロフツ/田中西二郎訳

ドットブック 278KB/テキストファイル 248KB

630円

法律事務所のやり手経営者リチャード・エルトンは、郊外に大邸宅チョールフォント荘を構え、再婚相手のジュリアとその連れ子のモリー、甥のジェフリィと暮らしていた。ダンス・パーティーが催された夜、リチャードは何者かに後頭部を一撃され、死んでいるのを庭園で発見された。犯人は? 動機は? 莫大な遺産、怨恨、三角関係のもつれ……それぞれの動機に該当する容疑者は、フレンチ警部の捜査の結果、次々にシロとなっていく。

クロフツ(1879〜1957) イギリスのミステリー黄金時代を代表する巨匠のひとり。犯人の堅牢なアリバイをくつがえす「アリバイ崩し」の作風がとくに有名。デビュー作の「樽」はクリスティの「スタイルズ荘の怪事件」と同年に刊行され、黄金時代の幕をあけた。アイルランドのダブリン生まれ。17歳のとき鉄道会社にはいり、以後1929年に作家としてひとり立ちするまで鉄道技師として勤務、ミステリーを書き始めたのは40代になってからだった。なかでも「足の探偵」フレンチ警部ものが人気を博した。

立ち読みフロア
 ジュリア・エルトンは仕事の手を休めて、どこか気に入らぬところはないかとあたりを見まわした。いま彼女は何よりも好きな仕事をしている――庭つくりである。実のところ、彼女はひとかどの庭師であった。といっても、身過ぎ世過ぎのため偶然にそれをやっているにすぎない職業上の庭師ではなく、生まれついた、心からの庭師なのである。ジュリアはこのチョールフォント荘の花園を、ほとんど独力で面倒をみて来た。そのために人を雇って、余計な口出しをされるのを嫌ったからである。彼女がこの庭の草木を愛するのに応えて、草木たちもまた彼女の世話によって伸び栄えることでその愛情を喜び受けているようにみえた。草や木がすくすくと力強く生きているすがたからジュリアは感動と生き甲斐とを味わったし、現在のように心が不安に満たされているときには、こうして庭へ降り立つことが何よりの救いであり、元気づける薬でもあった。
 きょうは三月二十五日、《聖母の日(レイディ・デイ)》の祝日で、レイディ・デイにはジュリアは天候やほかの事情が許す限りはかならず、彼女の庭のバラの枝の刈りこみを始めることにしていた。その日の午後はすっかり春らしく暖かで、べつにこれという用事もないので、これ幸いと彼女は毎年のしきたりにしたがうことにした。バラの植え込みの上に身をかがめ、余念なく鋏(はさみ)で芽を摘み、枝を刈り揃えていると、ほっと心が和(なご)むのを覚えた。こうしてはたらいているのは、花の咲くシーズンが来たら――できることなら――去年よりも見事に咲いたという喜びを味わいたいと望んでのことではあるが、その心持のどこか気のつかない隅では、それらのバラの木たちが無理なく成長して最善の努力が果たせるように、友だちとしての手助けをしてやっていると感じているのであった。
 こうしてチョールフォント荘の女主人となり、これだけの大きな庭園の面倒をみられるというのは、彼女がいつも自分に言い聞かせているとおり、一つの倖せなめぐりあわせであった。ロンドンから南西へ二十数マイル、サレー州の魅力的なドークフォードの町からあまり遠くないこの屋敷は、イングランドの南中部を東西に走っているノース・ダウンズの丘陵の一部をなす低い丘の斜面に位置している。丘陵(ダウンズ)によって北東の風から守られている屋敷の南側は、谷を隔てて、リース・ヒルから東へ伸びて起伏しているグリーン・サンド丘の松林におおわれた崖の連なりと相対していた。道路は屋敷のうしろ側、つまり斜面の上側を走っており、表側にはまずテラス、つづいてテニス・コートがある。テラスは絶好の景勝な位置を占め、前面の見晴らしはまことにうるわしい。この小荘園の右下の一隅に、花園がある。といってもそれはテラスからはっきり区分されているわけでなく、灌木の植えこみがいくつかあるのが西へ移るにつれだんだんと花の多い庭となって、やがて屋敷の敷地を区切る生け垣のすぐ内側にある温室に達する――この温室がいわば花園のいちばん大切な聖所だった。
 ところで、ジュリア・エルトンの身を置いている境遇は、大多数の女性たちに言わせれば結構、申しぶんのないご身分に違いないものだけれども、これまでの彼女は決して苦労知らずの生活を楽しんでばかりいたわけではなかった。それどころか、貧乏も辛苦もたっぷり味わって来たのである。
 父親は英国海軍の大佐だったから、ワイト島〔イングランド南海岸に近い島〕の住み心地のよい家に育ち、《まともな》身分のひとたちとばかり交際をし、分相応な暮らしに不自由しないだけの金もあった。二十歳のときラングレー大尉という退役陸軍将校と結婚したが、この男は資産があって、ドークフォードからあまり遠くない田舎で地主として遊惰(ゆうだ)な生活を送っていた。女の子が一人生まれ、モリーと名づけた。丈夫ないたずらっ子だったが、年頃になると美貌で有能で、父親にも母親にもない個性のはっきりした、どの点からみても立派な娘に成長した。ところがジュリアが三十六歳、モリーが十五歳になった年に、ふたりにとって最初の大きな不幸が見舞った。バートラム・ラングレーがひとりで車を運転していて、事故に遭(あ)って死んだのである。
 ジュリアの不幸はそれだけですまなかった。ラングレーの遺産を調べてみたら、彼は資産を使い果たして、借金のほか何も残っていないことがわかったのだ。世間では――証拠はみつからなかったが――そういう事情だったことが事故の原因だという噂さえあった。
 ジュリアとモリーの辛い暮らしが始まったのはそれからだった。ジュリアにはどうにか雨露を凌(しの)いでゆける程度のわずかな貯金はあった。職を探したけれども、何の技能も身につけていなかったから、うまくゆかなかった。彼女にはどんな人なかへ出ても負(ひ)けをとらないだけのすばらしい社交の天分があったが、そうした資質を金に換える手段が発見できなかった。
 結局、彼女はドークフォードで部屋を借り、そこで慈善会その他の催しものの世話をすることでなにがしかの報酬を得ようとした。一方、モリーは速記とタイプとを習い、どこかの事務所へ勤める準備をすることにした。一年と少しのあいだ、こうして暮らした後、ふたりの前に、やや広い視野の開けるときが来た。
 ある朝、ジュリアはドークフォードで随一の法律事務所の所長から手紙を受け取った。ある事業上の用件でご相談したいことがありますので、いつでもご都合よろしき折に当事務所までお運びくだされば幸甚に存じます、というのである。所長のリチャード・エルトンというのは当時五十歳前後、富裕で事業は繁栄しており、この愛すべきチョールフォント荘の主人であった。彼は独身で、法律事務所の共同経営者となっている甥(おい)と二人だけで暮らしていた。ジュリアは夫の生前に何度か彼に会ったことはあるが、べつに親しみを感じたことはなかった。彼の態度物腰はそっけなく、軽口などは少しも叩かず、弁護士としての手腕の卓越していることにかけては定評があるものの、取引にかけてはひどく手きびしく、金銭には格外に勘定高いといわれていた。
 その日のうちにジュリアは彼を訪問した。エルトンは丁重に彼女を迎え、こちらからお訪ねしないでお呼び立てして申しわけないと詫び、実はそのほうがあなたのご都合もいいのではないかと思ったのでそうした、と弁解した。そしてすぐに彼は用件をきりだした。用というのは、ロンドンから客を招(よ)んで晩餐とダンスのパーティを催すことになったが、彼女にその席へ出て取持をしてもらえないものだろうかという話だった。彼の叔母が来てホステス役をつとめることになってはいるが、叔母は虚弱で、とてもその役を取りしきることはできない。もしジュリアが来てくれるとすれば、早目に来た客の出迎えから遅く帰る客の見送りまで、まず二十四時間はチョールフォントで過ごしてもらわねばなるまい。報酬として五ギニーさしあげるし、仕事のほうは万事あなたにおまかせして、誰も、何ごとも干渉はしない。それに加えて、モリーも是非母親と一緒に出席してもらいたいという丁重な招待を受けた。
 ジュリアは感激した。自分でも楽しく勤められそうに思われる役目を引き受けるだけで大金がもらえるのだ。だが、彼女はすぐには承諾しなかった。いろいろと質問することで考えるふりをする時間をかけてから、ではやってみましょうと返事をした。エルトンは大いに満悦の様子で、ご苦労をおかけして恐縮ですと礼を述べた。
 ジュリアの取持によって、パーティは成功した。すべての段どりが淀みなく進められたし、彼女がつくりだした形式ばらない気楽な雰囲気を客たちは楽しんだ。誰よりもリチャード・エルトン自身がこれに満足し、ひとびとが客あしらいのよさを褒(ほ)める言葉を聞いたモリーは、嬉しがって母親につたえた。
 数週間後に同じような催しがくりかえされ、またもや出席者みなの満足が得られた。その後まもなくジュリアとモリーとを食事に招待したいと言って来た――リチャードの言葉によれば「ジェフとわたしだけの」ごく内輪な席だという。ジェフとは同居している甥のことだった。
 これは明らかに純粋の社交的な招待で、報酬にはならないことなので、ジュリアはためらった。あたしはお客としてあつかわれる身分じゃない、と彼女は思った。けれどもエルトンさんはあたしに好意を持ってくださるのだから、おことわりするのはわがままじゃないかしら、と思い直した。よろこんでお受けいたしますという返書を認(したた)めるときの彼女には、相手の心にどんな意図がひそんでいるか、まったく考えが浮かばなかった。
 食事のあいだに、その場の雰囲気にいささかの気づまりを彼女は感じた。リチャードは親切で愛想よく努めていたが、彼の物腰の峻厳さがそれを邪魔したし、それに今晩に限って、まるでその席とは縁のない事柄に心を奪われているかのように、格別にうわの空のようなところがあった。ジェフは見たところ客をもてなすのに一生けんめいで、その場にふさわしい話題の火を消さないように努めているのはわかったが、それでもやはり何かに気がねをしている様子があった。ご馳走は上等で、強いて言えば、少しばかり凝(こ)りすぎていた。
 食事がすむと、偶然か、それとも予定の行動だったのか、ジュリアにはいまだにわからないのだが、ジェフがモリーを誘って玉突部屋へ連れていったので、ジュリアはリチャードと二人きりであとに残された。するとたちまちリチャードは目にみえてそわそわしだした。ジュリアの言うことにもろくに返事をせず――実のところ、彼女の言葉が彼の耳には入らないようにみえた。やがて、急に彼は物々しい咳ばらいを一つして、その夜の会合を用意した目的ともいうべき用件をきりだした。
 その用件とは、一言でいえば、結婚の申しこみであった。「これはわたしの誠心誠意、希望するところなのですが」リチャードは持前の堅苦しい口調で言いだした、「どうぞこれから申しあげることがいささか風変りな提案だとしましても、お気を悪くなさらんでいただきたい。つまりこれは便宜上の結婚なのです。このわたしの年齢(とし)では、青年のような熱っぽい恋に落ちたふりをするつもりもありませんし、あなたに対しても、まあ我慢してやろうという以上のお気持を期待できないことはわかっています。そうしたお気持さえ得られるかどうか、わたしにはわからんのです。しかし、愛の問題はひとまずさて置いて、わたしたちにはお互いに与えあうものが大いにある、と思うのですがどうでしょうか。わたしは孤独で、この屋敷を自分ひとりで切り廻し、客を招くこともできない。あなたなら、もしその気にさえなってくだされば、わたしのためにそうした問題を解決できる。ではわたしから差し上げることができるものはというと、あなたとあなたのお嬢さんに生活の安定と、金銭(かね)と、情愛と、心からの尊敬とです。いかがですか? ひとつ考えてみていただけませんか?」
 ジュリアはびっくりした。思いもよらない相談であった。たちまち彼女は、たがいに相反するいくつかの方向へ引きずられる自分を感じた。ある見方からすれば、ここには彼女の困っているすべての悩みに対する解決がある。いったいこれからどうして暮していけばいいのか、夜ごとに夢魔のように襲う問題、年を重ねるにつれ苦しさを増してきている問題が、いっぺんに消えてしまうわけだ。モリーの将来も保証されるだろう。リチャードは有力者で、その妻としての彼女の地位はゆるぎのないものになるだろう。チョールフォントは理想的な環境に置かれた宝玉のような家だし、豪華な庭園まである。結婚によって得るものは莫大であって、考えれば考えるほどその大きさは増すばかりであった。
 この提案には実はたった一つだけ難点があった――リチャード自身がそれだった。彼女は彼を愛していないし、愛するようになれるという見込みもなかった、ところが彼のほうではまあ我慢してくれと言っているのだ。そういう卑下した態度を思うと、彼女の彼への気持はやわらいだ、とはいえ《我慢する》という消極的ないたわりさえも、この相手に持てるかどうか、彼女には自信がなかった。だが、やがてそれくらいは持てると考えるようになった。彼の申しこみは、要するに一つの事務上(ビジネス)の契約であって、それによって自分は生活の安定が得られるのだ。
 この計画は、もちろん危険をともなうことがはっきりしている。結婚したあとで、もし自分がほかの男を愛してしまったとしたら、どうなるか? どうなるといって、もしそんなことになれば、苦しむのはあたしだ。彼が提供してくれるものを受け取って、その代償を支払わないというわけにはいかないから。けれども将来また恋に落ちるということは、まずありそうにないことだ。そんな経験は、あたしにはもう過去のことなのだわ。
 で、結局、難問に決着をつけたものは、モリーの受ける利益だった。ジュリアは、考えをきめるまでに一週間ほしいとリチャードに答え、その約束の期間の終わる日に承諾しようと決心した。あたしは彼に絶対に正直になろう。彼に対する自分の気持をごまかさずに話そう、それでもし彼がそれでもあたしと結婚したいと言うなら同意しよう。あたしの立場として駆引(かけひ)きのない正直な取引をしよう。それでも相手は話に乗って来たので、数カ月後にふたりは結婚した。

……冒頭より


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