「シャルルマーニュ伝説」…中世の騎士ロマンス

ブルフィンチ/市場泰男訳

ドットブック版 236KB/テキストファイル 224KB

800円

大帝シャルルマーニュのスペイン遠征にまつわる勇壮な騎士物語「ロランの歌」(フランス中世文学の傑作)をはじめ、シャルルマーニュの十二勇士の活躍を縦横にえがく壮大な冒険物語 。 ヨーロッパ中世の文学遺産を手ぎわよくまとめた好著であり、今日でも広く読まれている教養書の代表格。

トマス・ブルフィンチ(1798〜1867)ボストン生まれのアメリカの著作家。ハーヴァード大学を出て実業界に身をおき、41歳以後、死去するまで銀行員。50歳代なかば過ぎから著述に手を染め、1855年に出した「寓話の時代」(ギリシア・ローマ神話)で好評を博した。これに力をえて「騎士の時代」(アーサー王物語を中心にした騎士物語)、「シャルルマーニュ伝説」の3部作を完成、今日でも英米で広く読まれ、教養書の代表格となっている。

立ち読みフロア

 オルランドはアンジェリカを見失ったあとは、自分のかぶとの羽飾りもよろいかぶとも取ってしまい、真っ黒なよろいかぶとを身につけた。それは彼の絶望を表わすものだった。こう変装して異教徒の列に突っこんでは片っ端から斬り殺したので、敵も味方もこの見馴れない騎士の働きに目を見張った。タタール王の息子マンドリカルドはしばらく戦列から遠ざかっていたが、その噂を耳にして、それほど褒めそやされている騎士の武勇のほどを自分の腕で試してみようと決意した。ゼルビノがオルランドの武勇によって救われ、イサベラと幸福な再会をして、三人で夢中になって喜んでいたとき、ぬっと姿を現したのはこの人物だった。
 そのときマンドリカルドは、しばらくこの三人をじっと見つめたあと、オルランドに向かってこう呼びかけた。「おぬしは私が探している男にちがいない。この十日あまり私はおぬしのあとを追っていた。おぬしのすばらしい働きを耳にしたので、ぜひ手合わせして私の力のほどを知りたいと、ここへやってきたのだ。その羽飾りと楯は、おぬしが我が軍をあれほど殺戮(さつりく)した張本人だということを証明している。だがそんな姿形は余計なことだ。たとえおぬしが百人の中へ紛れ込んでいたとしても、その武人らしい振舞いを見れば、おぬしこそ私の探している男だということはすぐわかるはずだから」
「私はきみの勇気に敬意を表する」とオルランドは言った。「そのような企ては勇敢で高潔な魂にしか生まれないものだ。私に会いたいという望みがきみをここまでつれてきたのなら、私はきみに――もしそれが可能なら――私の最も内面の魂をお見せしよう。きみの好奇心を満たすよう、私は眉庇(まびさし)を上げて顔をお目にかける。だがそれをごらんになったら、願わくば私の武勇が私の顔にふさわしいかどうかも試していただきたいものだ」rさあこい」とサラセン人マンドリカルドは言った。「私の第一の願いはおぬしを見知ることだった。こんどは第二の願いを満足させる番だ」
 オルランドはマンドリカルドをじっと見て、わきに剣をつり下げていないし、鞍の前弓に鉤(かぎ)つきのほこもつけていないのにびっくりした。「きみはどんな武器を持っているのか?」と彼はたずねた。「もしも槍で突きそこねたらどうするつもりだ?」
「そんなことは気にするな」とマンドリカルドが言った。「私はこれだけの武器で今までたくさんの立派な騎士を負かしてきた。聞くがいい、私は勇者オルランドが持っている有名なドゥリンダナを取り戻すまではいっさい剣は帯びないという誓いを立てたのだ。あの剣は私が今着ているよろいかぶとと一揃いになっている。あの剣だけが欠けているのだ。それが盗まれたことは間違いないが、どうしてオルランドの手にはいったのかは私にはわからない。だがもしもあいつを見つけたら、こっぴどく償いをさせてやろう。でも私がそれ以上に熱心にあいつを探しているのは、あいつが奸計(かんけい)を使って殺した私の父、アグリカン王の仇を討ちたいからだ。私はあいつが奸計を使って父を殺したと確信する。なぜならフェアな闘いでは、あいつほどの力で私の父のような戦士に勝てるはずはないからだ」
「貴様は嘘つきだ」とオルランドは叫んだ。「そしてそんなことを言うやつはみんな嘘つきだ。私はオルランド、まさに貴様が探している男だ。そう、私は貴様の父と正々堂々と闘って殺した人間だ〔三章終わり〕。ほらみろ、ここにその剣がある。もしも貴様の勇気が十分それにふさわしいなら、それを貴様にやってもよい。それは権利からして私のものなのだが、この争いでは私はそれを使うまい。みろ、剣はこの木に吊るしておく、もしも貴様が私の命を奪ったなら、それを貴様のものにしてよい。さもなければそれはやらぬ」
 そういうと、オルランドはドゥリンダナを腰から外して、近くの木に引っかけた。
 二人の騎士は互いに劣らぬ情熱に燃えて、馬を半円状に動かして睨(にら)み合い、やがて手綱をゆるめてぶつかり、槍を突き合った。どちらも馬から落ちず、しっかり姿勢を保った。しかし槍は砕けて飛び散り、手元に切れはしが残るだけだった。二人の騎士は、剣はなく、どちらも鎖帷子(くさりかたびら)で全身をおおっていたので、棍棒でなぐり合うしかなかった。それは二人の田舎者が、牧場の境界か、泉の所有権を争って喧嘩しているのとあまり変わらなかった。
 それらの棍棒は、こんなたくましい手で打ち合わされたのでは、長く無傷ではいられなかった。彼らは間もなく、こんどは素手のこぶしで闘うはめになった。こんな闘いでは、なぐられるほうよりなぐるほうがよけい痛かった。次に二人は、ヘラクレスがアンタイオスを抱え上げてしめ殺したように、お互いに相手をはがいじめにした。マンドリカルドの怒りはオルランドより激しかったので、相手を落馬させようと力を入れたあまり、自分の馬の手綱を落してしまった。オルランドは彼より冷静だったので、それに気づき、片手でマンドリカルドを押しのけながら、もう一方の手を相手の馬の両耳の間からぐいと伸ばし、馬勒(ばろく)をしっかり握った。マンドリカルドは全力をふるってオルランドを引きずり落そうとしたが、オルランドは両腿で万力のように鞍をはさんで離さなかった。とうとうマンドリカルドに引っぱられてオルランドの馬の腹帯がぷっつり切れた。鞍はすべり落ち、あぶみをしっかり踏んでいたオルランドはいっしょにすべって、自分では落ちたのにほとんど気づかないうちに地面に下り立った。落ちたときのよろいの音で、マンドリカルドの馬はびっくりし、今は馬勒がとれてしまったのでやみくもに駆け出し、木も岩もでこぼこの地面も気にせず、恐怖に駆られて主人を乗せたまま、すさまじい速さで突っ走った。主人は怒りにほとんど気も狂わんばかり、馬にどなりかけたり、こぶしでなぐったりしたので、馬はますます夢中になって走った。こうして三マイルかそこら走ったところ、深い堀が行く手に現れた。馬も乗り手ももんどり打ってその中へ落ちたが、底は羽毛や花でおおわれていなかったので、相当な怪我はしたものの、幸いにも手足は折れず、なんとかそこから抜け出すことができた。
 マンドリカルドは地上に出ると、怒りにまかせて馬のたてがみを引っつかんだが、馬勒がとれてしまったので、どうにも制御することができなかった。彼は手綱に使えるものはないかと、まわりを見回した。ちょうどそのとき、運命はとうとう彼を助ける気になったとみえ、馬勒を手に持った一人の百姓をそこへやってこさせた。その百姓は自分の農耕馬が逃げ出してしまったのを、探し回っていたのだった。
 一方オルランドは、手早く自分の馬の腹帯を修理し、もう一度それにまたがって、マンドリカルドが戻ってくるのを待っていた。しかしいつまで待っても帰ってこないので、こちらから探しに行くことにした。彼はゼルビノとイサベラに愛情こめて別れを告げた。二人はずっと彼について行きたいと言ったが、オルランドはけっして聞き入れなかった。友人をつれて敵を探すのは騎士らしくないと考えたのだ。友人は時には味方として手助けすることもあるのだから。そこで二人に、もしも、マンドリカルドに出会ったら、自分は三日間この近所に止まるが、それがすぎたらシャルルマーニュのキャンプへ戻るつもりだと伝えてくれるよう頼んで、ドゥリンダナを木から取り下ろすと、マンドリカルドの馬がすっ飛んでいった方向へ進んでいった。しかしマンドリカルドの馬は、ただ恐怖に追われて突っ走るだけだったので、その足跡はめちゃくちゃに混乱し、ダブったりしていた。そこでオルランドは、二日間いっしょうけんめい足跡を追ったあとは、もうあきらめて探すのをやめてしまった。
 三日目の昼ごろオルランドは、花いっぱいの草地の中を曲がりくねって流れる川の、気持ちよい岸辺にたどりついた。高い木々の梢が重なり合って、日射しをさえぎり、泉に蔭を投げかけ、葉の間を吹きぬける風が暑さを和らげた。羊飼たちがここに休んで渇きをいやし、真昼の日を避け憩いを楽しむのが常だった。空気は花の香りに満ち、それを吸う人の血管に新鮮な活力を吹きこむように思われた。オルランドはよろいかぶとが全身をおおっていたものの、その影響を感じた。彼はこの心地よい木蔭に立ち止まった。何もかもがここで一休みしなさいとすすめているようにみえた。しかしだれが知ろう、彼にとってこれ以上不吉な隠れ家はなかったのだ。彼はここで、生涯で最も悲惨な瞬間をすごすことになる。

……「狂ったオルランド」より

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