「チェイン氏の秘密」

F・W・クロフツ/宮西豊逸訳

ドットブック版 301KB/テキストファイル 216KB

600円

買い物のついでにプリマス市のホテルに立ち寄ったチェインは、亡父の知人と名乗る男に食事をさそわれ、そこで飲んだ酒で意識を失った。眠りから覚めた彼は全身を探しまわられたことを知るが、盗まれたものは何もなかった。急いで自宅に戻ると、家じゅうが荒らされていた。同時に起きた二つの不審な出来事から、チェインは何者かが、自分に関わる「何か」を懸命に探し出そうとしていると直感、その謎を追って、目に見えぬ敵に敢然と立ち向かう。フレンチ警部ものの異色作で、『樽』に匹敵するドラマチックなミステリー。

クロフツ(1879〜1957) イギリスのミステリー黄金時代を代表する巨匠のひとり。犯人の堅牢なアリバイをくつがえす「アリバイ崩し」の作風がとくに有名。デビュー作の「樽」はクリスティの「スタイルズ荘の怪事件」と同年に刊行され、黄金時代の幕をあけた。アイルランドのダブリン生まれ。17歳のとき鉄道会社にはいり、以後1929年に作家としてひとり立ちするまで鉄道技師として勤務、ミステリーを書き始めたのは40代になってからだった。なかでも「足の探偵」フレンチ警部ものが人気を博した。

立ち読みフロア
 一 プリマスのホテルでの出来事

『ふしぎの国のアリス』のなかの《悪者の吟味》のくだりで、白ウサギがどこからこの詩歌を読みはじめるべきか、とたずねると、王さまは答える――「発端からはじめ、最後にいたってやめよ」
 これは、およそ物語というものに対する決定的な言葉であるようだ。物語作者にとっては、これほど完全無欠な、いたれり尽(つく)せりの金科玉条は思いつけそうもない――理論的にはそうにちがいない。しかし、実際問題となれば、なかなかむずかしいのである。
 ひとつの物語の発端とは、どこなのか? およそどんなことにしても、発端とはどこをいうのか? だれも知りはしないのだ。
 マックスウェル・チェインの冒険の本当の発端を考えはじめたとき、たちまち私はノアまでさかのぼらねばならないのに気がついた。まったくアダムか、それ以前にまでも話をもっていかなくては、この事件がちゃんと説明できるかどうか、はっきり断定できかねた。チェインの冒険は、幾千代とも知れぬ祖先の人びとから伝えられてきた彼の性格、環境ばかりでなく、世界大戦の勃発、それに関連するすべての事象に具現された現代世界史によって、まき起こされたものだからである。
 したがって、真の発端はないままに、マックスウェル・チェインの性格と環境から物語をはじめ、プリマス市のエジコム・ホテルでもちあがった奇妙な出来事、それから連続的に起こった異常な一連の出来事、つまり、チェインの冒険というものを語ってゆくことにしたい。
 マックスウェル・チェインは一八九一年に生まれたので、一九二〇年の三月にこの冒険が始まったときには、二十九歳になったばかりであった。彼の父は海軍士官で、軽巡洋艦の艦長をしていた。どうやら息子は、この父から、海洋と冒険へのはげしい情熱を受けついでいるらしかった。チェイン大佐はアイルランド人の血統をうけていて、愛すべきではあるが興奮しやすい、この民族の特性を相当にもっていた。すばらしい才幹をもち、機略縦横、勇猛果敢であったばかりでなく、すぐれた航海家でもあったけれど、時おり向こう見ずにもなる一種の激烈さがわざわいして、海洋軍人の最高の地位へはのぼれなかった。性格はじつに率直で、思いやり深く、寛容で、ひとの欠点も大目に見るほうであったが、将来のことを考えず、とかく現在だけに生きる傾向が強かった。こんな特質が、直接には遺伝を通じ、さらに間接には環境を通じて、息子の生涯に影響をおよぼす運命になっていたのである。
 マックスウェルが九歳のころ、大佐は急死した。そして、収入ぎりぎりの生活をしていた大佐は、未亡人や息子や娘のために、ほんのわずかなものしか用意していないことがわかった。ハロウ校からケンブリッジ大学への夢は捨てなければならなくなり、マックスウェル少年は土地の中学校で教育を受け、それからフェンチャーチ街の海運会社へ下級事務員として入社した。
 マックスウェルが二十歳になると、家運がまた逆転した。オーストラリアで牧羊業をいとなんでいた叔父から、母が遺産を受けとったのだった。大きな資産ではなかったが、かなり豊かに暮らしていける見込みはついた。チェイン未亡人は一家の以前の住居、ダート川の河口のささやかな地所に建っているジョージ王朝風の小じんまりした家「ウォレン荘」を買いもどした。マックスウェルは海運会社の職を捨てて、デヴォンシャー州の母のところへ帰ってくると、すっかり腰をおちつけて、のんびりした田舎紳士の生活をおくるようになった。いろんな道楽をやったが、ときどき発作的に文学に没頭して、二篇の長編小説を書きあげ、その一篇が出版されて、かなりよく売れた。
 しかし、彼の血のなかには海が波うっていた。彼はヨットを買い入れ、庭師の息子のダンに手つだわせて、好天の日も悪天候の日も乗りまわした。そしてイギリス海峡西部の沿岸や潮流や海流をじかに知っただけでなく、航海上の技術や判断力も身につけた。
 こうして、デヴォンシャー州へ帰ってから三年たったとき、世界大戦が勃発し、彼は海軍に志願して、すぐ採用された。熱心に軍務に精励した彼は、目立った勲功はたてなかったにしても、父の名をはずかしめないだけの声望は得た。激烈をきわめた潜水艦戦の期間に彼はドイツのUボートと戦闘中に負傷し、その結果、傷病兵として免役された。除隊になると家へ帰り、またヨットを乗りまわしたり、文学をやったりするようになったが、ゆったりとのんびり時間をすごし、彼のエネルギーにみちた天性をのばしていた。そして十八カ月ばかり過ぎたころ、彼の冒険の序曲とはっきり言えそうな出来事が起こったのである。
 しめっぽく、うすら寒い風の吹く三月の一日、チェインはダート川の河口の家、ウォレン荘を出て、プリマス市に向かった。いくつかのこまごました買物をしたかったし、母や妹に頼まれた用事もあった。また投資の問題について、取引のある銀行家と少し相談したいとも思っていた。精いっぱいの予定をたてた彼は、オイルスキンのコートを着こみ、きっと夕食までに帰ると母に言ってから、オートバイにまたがって飛ばしていった。
 順調にプリマスに着き、オートバイをガレージにあずけると、彼は用件を片づけにかかった。そして、一時ごろになって、エジゴム・ホテルへ足をむけた。彼は、そこでカクテルを一杯やり、社交室に腰をおろして、昼食まえにちょっと一息入れようとしていた。
 とりとめもなくタイムス紙を見ていると、ふいにボーイの声がチェインの想念をやぶった。
「このお客さまがお見えです」
 ボーイの差し出した名刺には、みごとな筆記体の活字でこうあった――「ヒューバート・パークス、チェルトナム市クリーヴ・ヒル、オークリー荘」
 チェインは考えをめぐらしてみたが、こんな名前の人物はだれも心当たりはなかったので、たぶんボーイがまちがえたのだろうと思った。
「その人はどこにいるんだね?」チェインはたずねた。
「こちらです」とボーイは答えた。そして背が低く、がっちりした体格の中年の男がすすみ出てきた。金髪で、歯ブラシ型の口ひげをはやしていた。ひとめでチェインは、相手が未知の人物であるのを知った。
「マックスウェル・チェインさんですね?」新来者は練(ね)れた口調できいた。
「そうです。お掛けになりませんか?」チェインは安楽椅子に一つをこちらへ引きよせた。
「あなたにはまだ拝眉の栄を得たことはありませんがね、チェインさん」相手は腰をおろしながら話しはじめた。「しかし、あなたのお父さんはかなり親しくぞんじあげていた者です。わたしは多年マルタ島のヴァレッタ港に住んでいまして、そのころ関係していた、ある制作会社のマルタ島出張所の運営にあたっておりましたので、お父さんの艦があの軍港に配置されていた当時、お目にかかりましてね。たいへんな人気者でしたよ、チェイン大佐は! 古ぼけた生気のないクラブも、大佐がご入来になると、いつもはなやかに活気づいたものでした。ですから、大佐の艦が別の軍港に配置変えになったときは、まるで国家的な損失のような気がしましたよ」
「おやじがマルタにいたことはおぼえています」チェインは答えた。「当時ぼくはほんの小さな子供でしたがね。母がヴァレッタ港の写真をもっていて、グランド・ハーバーに投錨したおやじの艦が、それに写っていますよ」
 二人はマルタ島や同地の制作会社の仕事のことを、数分間ばかり話した。それからパークス氏が言った。
「ところで、チェインさん、旧友の息子さんとお近づきになるのも、うれしいことにはちがいありませんが、わたしが自己紹介をしたのは、たんにその目的のためだけではないのです。じつのところ、一つ具体的な用件がありまして、ご相談したいのですよ。まあ、一種のおねがいでして、われわれ相互の利益のために、あなたが承諾してくださると有難いと思っているのですが」
 チェインは少々おどろいて、ていねいな低い声で、詳細を聞かせてもらいたいと言った。すると相手は言葉をついだ。
「これをすっかり説明するまえに、べつの小さな問題を片づけてかかりたいですね。昼食はいかがです。わたし自身、ちょうど食べようとしていたところですので、ご一緒にねがえれば、仕合わせのいたりなんですがね。用件は食後に、話しましょう」

……冒頭より

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