「小さき者の声」

柳田国男著

ドットブック版 343KB/テキストファイル 79KB

300円

自分の目にうつる大人の生活を、子供たちは独特の判断にしたがって自分たちの世界に再現しようとする。その結果、古い遊戯やわらべ歌、日常なにげなく使っている言葉や、形式だけ残っている子供の行事には、遠い祖先の生活・思想を解明する鍵が数多く含まれている。本書は児童の言葉や遊戯を民俗学的にとりあげ、その果たしている役割について考える。

柳田国男(やなぎたくにお)(1875〜1962)現在の兵庫県神崎郡福崎町生まれ。日本における民俗学の開拓者。東京帝大卒業後、農商務省にはいり、仕事の関係で各地を旅行、同時に早稲田大学で農政学を講義する。山地の民俗に興味をいだき『遠野物語』を著わすが、以降は幅広く各地の民俗を研究・調査、「方言」「昔話」「伝説」「童謡」などをテーマにした多くの著作を著わした。  

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肩車考

 このごろ『児童語彙(ごい)』の整理にかかっていて、ふと心づいたことがあるので、だれかこういう問題に興味をもって、考えてみようとしている人はないか、それを尋ねる意味をかねて、今知っていることだけを並べておく。
 現在はもう忘れかかっている人ばかり多いようだが、小さな子を肩の上に、たいていは両足を頸(くび)の左右にまたがらせて、載(の)せてあるく風習は広く行なわれていた。これはある土地で始めたことを、他で真似(まね)したとは思われぬぐらいに全国的で、たぶんは相応に古いころからあったものと思われるのだが、それにしては地方ごとに名がちがっている。この中にはたった一つだけ、昔のままの名が残っているかもしれないが、他の大多数はみな、新しくできた名と見なければならぬ。そうするとまず問題になるのは、どうしてこのような大規模の改称が、国内を通じて行なわれたろうかということであって、これには現象そのものを見てゆくよりほかに、記録その他の資料によって答えを得る道は一つもないのである。
 それで最初には各地のちがったことばを拾ってみると、私などの郷里では一般にカタクマといって、他の名を知らなかったのだが、京都・大阪では、これとカタクルマとの二つがまぜこぜに用いられ、近松以前からの文芸には、両方とも見えている。おそらくカタクマをもってカタクルマ、すなわち肩車のこどもなまりくらいに考えていたのであろう。静岡県の東部まではこのカタクマという語がきている。そうして東京などはもうカタクルマ一式となって、他の一方のカタクマは知らぬのである。
 今ならそういう名を付ける人はないかもしれぬが、このカタクマはあるいは肩駒(かたこま)であったろうかと思う。東北地方はかなり広い区域にわたって、いわゆる肩車をクビコノリとよんでおり、それが福島県の海岸までくるとクビコンマとなっていて、この方が肩車よりは事実に合っているが、このクビコンマなどは、ただ頸(くび)コを馬にしたというまでで、カタクマのクマとは関係はない。東北のこどもはどんな名詞にでも、たいていコを付けていう傾きをもっているのである。だから関東地方になると、宇都宮付近の農村でカタンメまたはカタメァ、伊豆ではカツーマ・カタマまたはカタンマというように、肩馬という名が行なわれており、首馬という語も和歌山県の東部一帯にはある。私たちのカタクマもことによると、肩を駒にして乗るという意味だったかもしれない。

 *

 これとまったく別系統のことばで、西国の方にはビンブクまたはビンビクというのを、いわゆる肩車の名としている処が多い。中国地方は広島地方に始まり、山口県ではビンブクマ・ベンブクバ・ベベクマまたはビンビクマイという名もあり、島根県でも石見(いわみ)だけは、ビンビク・ビンボク・ビンビクマ・ビンビンカイギョ、あるいはブンブクチャガマとさえいっている。九州へ渡ると、福岡県築上(ちくじょう)郡も肩車をベンベンコ、大分県もだいたいにこの列で、ビビコ・ビビクン・ビビクニ・ビンビクマ・ビンブクマンブクなどと、郡村ごとにわずかずつの変化を示している。
 熊本県の球磨(くま)郡なども、肩車をビンビンカンという。鬢(びん)の髪をかかえるからそういうのだと、土地の人は説明しているが、これも後からの推量でもないらしく、ずっと離れて鹿児島県の坊ノ津付近にも、これをビントロイという名がある。注意すべきことにはこの県一帯に、ビビンまたはビビンチャコが肩車のことであると同時に、他の一方ではわれわれのいうタカイタカイ、幼児を抱きかかえて目より上に揚げることを、ビビンコという土地もあれば、またはおとなが仰臥して、四肢(しし)をもってこどもを高くさし上げることを、ビビンシャコといっている例もあるのである。同じ小児語はまた宮崎県南部にもあって、しかも肩車に乗ることをシャンコシャンコイクといわせているのである。
 私の想像では、このシャンコとかチャンコとかいうのは、飾り馬に付けた鈴(すず)の響きを写したもので、ここでもまた馬に乗っているという空想を、こどもに持たせようとした心持はうかがわれるのである。ビンブクという語の成り立ちはまだ明らかでないが、何か印象の深い語であったとみえて、中世には髪の結い方の一つの名ともなっており、江戸ではまた着物の裾(すそ)を引いた形の名ともなっていた。二つとも始めからの名ではないらしいから、鬢(びん)とか引くとかいう少しの縁故があれば、そういうことばがこどもには採用せられやすかったのかもしれない。いわゆるざんぎりになってはもはや問題ではないが、男も髪の乱れるのを非常に気にした時代がかつてはあって、それがちょうどまた肩車というものの、さかんに行なわれたのと同じころだったように思われる。もっと記憶のたしかな人と話し合ってみたいのだが、以前は肩車に子を載せてあるく男たちは、多くは鉢巻をしていたように思うがどうであろうか。髪の毛を引かれては、もとは実際困ったろう。

……「肩車考」冒頭より


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