「町人貴族」

モリエール/鈴木豊訳

ドットブック 123KB/テキストファイル 74KB

400円

モリエールのどたばた笑劇(ファルス)の代表作。成り上がりブルジョワ(町人)の俗物根性を徹底的に笑いのめした作品で、あかるい笑いにみちた傑作である。トルコ人の儀式の詳細もとりこまれ、異国情緒にもことかかない。

モリエール(1622〜73)フランスの劇作家・俳優。パリ生まれ。オルレアン大学で法学士になるが、劇団を結成して俳優の道をえらぶ。破産して投獄され、その後十年あまりは旅回り役者。58年パリにもどってルイ14世の御前公演で大成功、以後数々の名作喜劇・笑劇を書き、フランス古典劇の完成者のひとりとなった。代表作「才女きどり」「タルチュフ」「ドン・ジュアン」「人間ぎらい」「守銭奴」「町人貴族」「女学者」など。

立ち読みフロア

第一幕

 序幕はたくさんの楽器の合奏とともに幕があがる。舞台の中央に音楽の先生の生徒が一人見える。彼はテーブルに向かって、町人がセレナーデ用に頼んだ曲を作曲しているところである。

第一場

音楽の先生、ダンスの先生、三人の歌手、二人のヴァイオリン奏者、四人のダンサー

【音楽の先生】 〔歌手たちに〕さあ、きたまえ、広間へはいって、彼がくるまでそこで休んでいてくれたまえ。
【ダンスの先生】 〔ダンサーたちに〕そうだね、君たちもこのへんで休むといい。
【音楽の先生】 〔生徒に〕どう、できたかい?
【生徒】 はい、できました。
【音楽の先生】 見せてみたまえ……なるほど、これでけっこうだろう。
【ダンスの先生】 なにか新しい曲でも?
【音楽の先生】 そうなんです、セレナーデ用の曲なんですがね、うちの大将《・・》が眼をさますまでにね、ここでこの子に作曲させていたんですよ。
【ダンスの先生】 ちょっと拝見できますかな?
【音楽の先生】 うちの大将がきたら、歌詞をつけてお聞かせしますよ。おっつけ姿を現わすでしょうから。
【ダンスの先生】 あなたにとっても、わたしにとっても、今じゃあわれわれの仕事もなかなかバカにはなりませんな。
【音楽の先生】 そうですとも。ぼくら二人にとっては、お互いさまになくてはならぬ人物をここで探し当てたってわけですよ。あのジュールダンの大将ときたら、貴族や粋《いき》な紳士になりたいなんてとんだ夢を見たばっかりに、すっかり頭へきちまったんですね、ぼくらにとったらこんなうまい飯の種はありませんよ。あなたのダンスにしろぼくの音楽にしろ、みんながうちの大将みたいになってくれりゃあ、願ったりかなったりというところなんですがね。
【ダンスの先生】 いや、うちの大将とそっくりそのままっていうのもちょっと困りものですな。わたしに言わせればですね、われわれが大将に教えていることを、もう少しよくわかってくれたらありがたいんですがね。
【音楽の先生】 おっしゃるとおり、あの大将ときたらまったくものわかりが悪いですからな、しかしね、彼は金払いのほうがきれいですからね。ま、今のところ、ぼくらの芸術になにより必要なのはここのところですよ。
【ダンスの先生】 わたしとすればですな、実を申せば、まだまだ名誉にも多少のみれんがありましてな。わたしにとっては、満場の拍手というやつが、やっぱり魅力なんですな。それにわたしの信念では、これはすべての芸術について言えることですが、トンマを相手に理解させようと骨折ったり、創作の上でですな、センスのない男の無作法を我慢したりするくらいいやな拷問《ごうもん》はない、と思っているんです。まあ、言わでもがなのことですが、芸術の繊細なニュアンスまで感じとっていただけるようなかたがた、作品の美しさを優しく歓迎するすべを心得て、あなたのお仕事にですな、誇りを満足させてくれるような賞讃でこたえるすべを知っているようなかたがたのために仕事をするのは、まったくこの上ない喜びですからな。さよう、われわれが仕事によってうける報酬といえば、ま、なんといっても、仕事を理解してもらうこと、そうしてあなたの名声を高めるような拍手で迎えてもらうことが、いちばん気持ちのよい報酬でしょうな。わたしの意見では、われわれの仕事の疲れを癒《いや》すには、これよりよいものはほかに見当たりませんな。それに、芸術の理解者の賞讃というものは、心をとろけさせるほど気持ちのよいものですからな。
【音楽の先生】 おっしゃるとおりで、ぼくもあなたとまったく同じ意見ですよ。いまのお話のような賞讃ほど自尊心を満足させてくれるものは、ほかにはありませんね、たしかに。しかしですね、そうやっていくらお讃《ほ》めいただいても、飯の種にはなりませんよ。いくら讃辞を浴びたところで、讃められただけじゃあ悠々自適《ゆうゆうじてき》というわけにはゆきませんからね。もっと実質的なものをガッチリ抱きこまなければいけませんよ。ひとを讃《ほ》めるいちばん気のきいたやりかたはですね、ほら、こうやってお金を払いながら讃めることですよ。そりゃあじっさい、うちの大将ときたら、教養なんてものはカケラもありませんしね、なんの話をさせても、喋《しゃべ》ることときたらデタラメの言いほうだい、ひとを讃めれば的《まと》はずれなことばかりですよ。しかしですね、大将の趣味の悪い批評にしたところが、金のほうでじゅうぶん補いをつけてくれますよ。あの財布さえありゃあ鑑賞力もオーケーですよ。なあに、讃め言葉が形を変えて金になっただけのことですよ。あなたもそう思いませんか、あのなんにも知らない町人だって、われわれをこの家へ紹介してくれた例のインテリのお殿様なんかより、ぼくらにとっちゃあずっと値うちがありますよ。
【ダンスの先生】 あなたのおっしゃるところにもたしかに多少の道理はあります。しかしですな、わたしの見たところでは、あなたはお金お金と、あまりお金にこだわりすぎるきらいがあるような気がするんですがね。損得というのは、なにかこう、とても俗っぽいものですからな、品位を重んじる紳士たるもの、あまりお金に執着を見せるのもどうかと思いますな。
【音楽の先生】 ところがあなたにしても、たいそうごきげんで、うちの大将がくれるお金をおしいただいてるじゃあありませんか。
【ダンスの先生】 いや、たしかにおっしゃるとおりで。しかしですな、わたしは金がしあわせのすべてだとは思わんのですよ。わたしはですな、彼にしてもあれだけの財産があるんだから、なにかもっとよい趣味をもってくれれば、と望んでいるんですがね。
【音楽の先生】 そりゃあぼくだってそう思いますがね、まあ、ぼくら二人にしてもそのためにこうやって、できるだけ仕事をしてるんじゃあありませんか。しかしいずれにしろ、ぼくらが多少なりとも世間に知られるのは、彼のおかげでしょうね。それに、彼がほかのみなさんの代わりにお金を払い、ほかのみなさんが彼の代わりに讃《ほ》めてくださる、とまあこういったわけになるんでしょうね。
【ダンスの先生】 やあ、ちょうど彼のお出ましですよ。

……巻頭より


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