「コロンバ」

プロスペル・メリメ/杉捷夫訳

ドットブック版 232KB/テキストファイル 143KB

400円

『コロンバ』は『カルメン』と並ぶメリメの代表傑作。コルシカ人のあいだに長く受け継がれてきたヴァンデッタ(仇討)の風習…それを一身に担うコルシカの旧家の娘が、父の仇をうつために予備役中尉の兄を強引に誘って目的にむかって果敢にいどむ。原始的な情熱を具現した女主人公のすがたが強い印象をのこすエンタテイメント。

プロスペル・メリメ(1803〜70) パリ生まれ。人間の情熱とエキゾチシズムに力点をおいた多くの作品で知られるが、政府の歴史記念物監督官に選ばれた考古学者でもあった。代表作『シャルル9世年代記』『マテオ・ファルコーネ』『カルメン』『コロンバ』など。

立ち読みフロア
 一八一×年十月初旬のことである。イギリス陸軍中でも錚々(そうそう)たる士官として知られた、アイルランド生まれの陸軍大佐サー・トーマス・ネヴィルは、イタリア旅行の帰途、愛嬢をともなって、マルセイユのボーヴォ・ホテルに投宿した。憧憬(どうけい)派の旅行者たちがのべつにまき散らした嘆賞は、反動をひき起こしていた。今日の《漫遊客》の多くは、特異性を保持するために、標語としてホラティウスの「ニル・アドミラリ」〔Nil admirari. 何を見ても驚かぬこと〕を採用している。こうした満たされざる旅行者の階級に、大佐の一人娘ミス・リディアも属していたのである。主変容〔キリストが処刑後、タボールの山にて使徒らに栄光をあびて姿を現わしたことを言う。ここではこれを題材にしたラファエロの傑作をさしている〕も彼女には平凡に見えた。煙を吐いているヴェスヴィアス火山も、バーミンガムの工場の煙突よりちょっとましなくらいにすぎない。ようするに、イタリアに対する彼女の最大の反感は、この国には地方色が、特性が欠如しているということであった。だれでもいいからこの地方色とか特性とかいう言葉の意味の説明ができたら、していただきたいものである。作者も数年前までは大いによくのみこんでいたものであるが、今日ではさっぱりわからなくなってしまった。最初、リディア嬢はアルプスの彼方に、自分より先にはだれも見たことのないようなものを発見しようと思って、ひそかに得意になっていたのであり、ジュールダン氏〔モリエールの喜劇『町人貴族』の主人公。ジュールダンが哲学の家庭教師を雇ったのは「教養ある紳士の社会に伍して事理を論ずるためである」という台詞がある。「教養ある紳士」というのは当時における理想的な人間の型である〕のいわゆる《教養ある人にたいする》話題にできるという寸法だったのであるが、まもなく、いたるところ同国人のために先を越されており、いまだ知られていない何かに出くわす望みはまったく絶えたので、敢然反対党に身を投じたという次第である。事実、イタリアの珍しい物について話をするたびごとに、だれかが「あなたもきっとご存じでしょうが、××の××宮殿のラファエル、あれはイタリア随一の逸品ですね」とかなんとか口を入れるとしたらあまり気持ちのよいものではない。――しかもそのラファエルたるや、まさにこちらの見落としたものであるといった寸法なのである。で、いちいち見ていくとなると時間がかかるので、一番簡単なのは結局、前もってどれもこれもくだらないと極印を押してしまうことであるということになる。
 ボーヴォ・ホテルでもリディア嬢はにがい失望をあじわった。セグニのペラスギの門、別名キクロプスの門の美しい素描画(クロッキー)を持ちかえっていたが、彼女のつもりでは写生家によって写し忘れられたものと思っていたのである。しかるにフランセス・フェンウィッチ夫人はマルセイユで彼女に逢(あ)うが早いか、自分のアルバムを見せてくれたのであるが、そこには、一首のソンネと一茎の押し花のあいだにはさまれて、例の門がシエナの土に照り映(は)えてくっきりと浮かび上がっていたではないか。ミス・リディアはセグニの門を小間使にくれてやり、ペラスギ建築にたいするあらゆる尊敬の念を失ってしまった。
 こうしたこころよからぬ気分をネヴィル大佐も負けずに味わっていた。大佐は、夫人の死後、リディア嬢の目を通してのみ事物をながめていたのである。彼にとっては、イタリアは娘を退屈させたという大なるあやまちを犯したものであり、したがって、世界中で一番退屈な国なのである。まったくのところ、絵や彫刻にたいしては、何もかれこれ言うことはない。だが彼の確信をもって言いうることは、この国における狩猟の楽しみの貧弱きわまることであり、ちゃちな赤鷓鴣(しゃこ)を五、六羽射止めるには、ローマ郊外を陽(ひ)に照りつけられて十里も走りまわらなければならなかったことである。
 マルセイユについた翌日、彼は、コルシカで六週間すごしてきた昔の副官のエリス大尉を晩餐に招いた。大尉は山賊の話をひとくさり、おもしろおかしくリディア嬢に話してきかせたが、その物語たるやローマからナポリへ行く街道でさんざん聞かされた山賊の話とは似ても似つかぬという特筆すべき美点を持っていたのてある。食後、男二人はボルドーのブドウ酒のびんをひきつけたまま猟の話をした。そしてコルシカほど猟の味のすばらしい、種類の豊富な、獲物の多い国はどこにもないということを大佐は知った。
「猪(いのしし)はずいぶんたくさん見かけますが、飼ってある豚と区別する法をおぼえておかないと、とんでもないことになります。びっくりするほどよく似ているのですからな。豚を殺した日には、番人どもとありがたくない掛かり合いをしでかしてしまいます。彼らは《マキ》と呼んでいる灌(かん)木林のなかから武装いかめしい姿をあらわしたかと思うと、豚の代償を払わせた上に悪態をつくのです。そのほかにまだ野生の山羊(やぎ)がいます。ほかにはどこへ行っても見つからない、はなはだ妙な動物で、すばらしい獲物ですが、なかなか手ごわいやつです。鹿(しか)、黄鹿(ダン)、雉子(きじ)、雛鷓鴣(ひなしゃこ)、コルシカの島に雲集しているあらゆる種類の獲物を数えあげたらまったくきりがありません。大佐殿、狩猟がお好きなら、コルシカヘいらっしゃることですな。わたしがあちらでやっかいになった家の主人が言った言い草じゃありませんが、つぐみから人間にいたるまで、ありとあらゆる獲物をねらうことができるのですからな」エリス大尉はこう言ったのである。
 お茶になって、大尉はふたたび《遠縁の仇討》〔これは侮辱を加えた本人とは血縁の遠くなっている者に加えられる復讐である〕の話でリディア嬢をすっかりよろこばせた。最初の物語にさらに輪をかけた、かわった話である。ついに大尉は彼女にむかってコルシカの荒涼たる珍しい風物と、その住民の一風かわった性質、彼らの客好きなことと、原始的な風俗を描いて見せることによって、コルシカにたいする相手の興味を絶頂にたっせしめることに成功した。最後に、彼は一振りのりっぱな匕首(あいくち)を足下に投げだして見せた。形や銅づくりの《つか》は大したことはないが、その由来が注目すべきものなのである。ある高名な山へ逃げこんだ男〔つまり人ごろしをして雑木山へ逃げこんだ男のことで、街道に出没する山賊のことではない〕からエリス大尉にゆずられたものであり、四人の人間の身体につき刺さったという、きわめつきの代物(しろもの)である。リディア嬢はそれを腰帯に通してみて、それから枕(まくら)もとのテーブルの上にのせ、眠る前に二度鞘(さや)を払ってみた。大佐は大佐で、野生の山羊を殺した夢を見た。飼い主が代償を払わせたが、彼はよろこんでこれに応じた。なにしろ非常に珍しい動物で、猪に似ていて、鹿の角と雉子のしっぽを持っていたのである。
 ――エリスはコルシカですてきな猟ができるといっているが、あんなに遠くなければ、二週間ほど行ってみたいんだがね。娘と二人きりで朝の食事をとりながら、大佐はこう言ったものである。
 ――いいじゃありませんか! どうしてコルシカへ行かないってことがあるものですか? お父(とう)さんが狩をしていらっしゃる間に、わたし写生をいたしますわ。ボナパルトが子どもの時分に勉強に行ったという、エリス大尉がお話しになった洞窟(どうくつ)をアルバムの中におさめられたら、どんなにうれしいでしょう! リディア嬢はこう答えた。
 大佐によって表明された願望が娘の賛同を得たことは、これがおそらく最初であった。この思いがけないめぐり合わせに天にものぼるここちがしたけれども、大佐は、リディア嬢のありがたい気まぐれをいっそう刺激するために、二言三言反対をしてみるだけの明察を持ち合わせていた。島の未開状態について、婦人の身でそんな所を旅行することの困難について語ったけれども、彼女には何のききめもなかった。彼女は何物をも恐れなかった。何よりも馬で旅行するのが気にいった。野宿にいたっては彼女の狂喜するところである。はては小アジアへも行きかねまじき勢いをしめした。ようするに、彼女にはどんなことがおこってもだいじょうぶな用意がある。なにしろ、イギリス婦人でコルシカへ行ったものは一人もいないのだから、彼女はどうしても行かなければならないのである。そしてセント・ジェームス広場の自宅へ帰って、自分のアルバムを人に見せる。なんという幸福だろう!

……冒頭より

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