「コリオレーナス」

シェイクスピア/倉橋健訳

ドットブック版 184KB/テキストファイル 77KB

400円

ヴォルサイ人との戦いで都コリオライを陥落させたローマの将軍ケイヤス・マーシャスは、コリオレーナスの尊称を与えられる。だが、執政官に推薦されても市民に媚びるような慣例を拒み、ローマを追放される。かつての英雄は、ヴォルサイ人の将軍で宿敵のオフィーディアスと手を結び、祖国ローマに侵攻する。だが、この企てを知った母ヴォラームニアの泣き落としのまえに、独断で和平をむすぶ……シェイクスピア最後の悲劇。
立ち読みフロア
第一幕

第一場 ローマ。街上。

〔暴動を起こした市民の一団が、手に手に棒きれや棍棒その他武器になりそうなものを携えて、登場〕
【市民一】 行動に移るまえに、言っておきたいことがある。
【一同】 なんだ、なんだ。
【市民一】 みんな、覚悟はできているな、飢え死にするくらいなら、戦って死んだ方がましだと?
【一同】 もちろんだ、できている。
【市民一】 いうまでもなく、われわれ民衆の第一の敵は、ケイヤス・マーシャスだ。
【一同】 そうだ、そうだ。
【市民一】 やつを殺して、穀物をこっちの言い値で安く手に入れる。そうきめたんだったよな?
【一同】 いまさら何を。やっつけちまおう。さ、行こう、行こう!
【市民二】 もうひとこと、良民諸君。
【市民一】 おれたちは貧民諸君だよ、良民てのは貴族のことだ。連中が食いすぎの分をちょいとまわしてくれりゃ、こっちは助かるんだ。カビがはえんうちにお余りだけでもくれる気がありゃ、まだしも人間味があるというもの、ところが、とてもそんな面倒はみきれんとおっしゃる。おれたちが食うや食わずで苦しんでいるのを見ると、それだけ自分たちの豊かさが身にしみてありがたいというわけ。骨と皮とにならないうちに、熊手をふるってやっつけて、骨っぽいところをみせてやれ。神様だってご存じだ。何も血に飢えているんじゃない、腹がへってひもじいからだ。
【市民二】 目ざす相手はケイヤス・マーシャスか?
【市民一】 まず、やつを血祭りだ。やつは狂犬だ、民衆の敵だ。
【市民二】 国家に対してずいぶん功績もあった男だが。
【市民一】 そりゃ、おれだって、やつをみとめるよ、自分の手柄を鼻にかけて尊大にかまえさえしなけりゃな。
【市民二】 そりゃ少しひどい言いかただな。
【市民一】 いいや、やつが立派な働きをしたのも、しょせんは、いばりたいためさ。人のいい連中は、それを、国家のためなんてほめているが、じつは、てめえのおふくろを喜ばせたいためと、それに、いばりたいためにしたのさ。あの男のなかでは、勇気と傲慢が同居しているんだ。
【市民二】 生まれつきでどうにもならないのさ。それを悪徳よばわりしているが、いくらなんでも、あの男が強欲とはいえまい。
【市民一】 それはいえないにしても、やつを非難する材料にはことかかない、やまほどあらあ。〔喚声が聞こえる〕なんだ、あの声は? むこうで始めたな。こうしちゃおれん。行こう、神殿(ローマの丘の上のユピテルの神殿)へ!
【一同】 行こう、行こう。
【市民一】 待て! 誰かくるぞ。

〔メニーニアス・アグリッパ登場〕

【市民二】 メニーニアス・アグリッパさんだ。いつもわれわれのことを考えてくれている人だ。
【市民一】 立派な人だ。みんながああであってくれたらなあ!
【メニーニアス】 なにをしようというんです、みなさん? どこへいくんです、手に棒きれなど持って? どうしたんです? わけを話してください。
【市民一】 われわれのことは、元老院も知らぬわけはない。なにをするかは、二週間も前からわかっていたはず、それを今実行に移すのです。生活の苦しみを訴える者の鼻息は強いというが、腕っ節だって強いところをみせてやるのだ。
【メニーニアス】 まあ、みなさん、親愛なる市民諸君、そんなことをすれば自滅するばかりでしょう?
【市民一】 とんでもない、もうとっくに自滅していまさ。
【メニーニアス】 まあ、お聞きなさい、貴族たちは十分な救済策を講じています。諸君の窮乏、不作による食糧の不足は、政府のせいではない、うらむなら、天にむかって棒きれをふりまわすがいい。政府は、きみたちがいかにさからおうと、いまの何千倍の力を結集してかかってこようと、しかるべき処置をとり簡単に鎮圧してしまうだろう。飢餓は神のなせるところ、貴族のせいではない、ことをおこすより祈るがよかろう。ああ、きみたちは、災いに気が動転して、さらに災いを重ねようとしているのだ。よしなきことだ、きみたちのことを慈父のように心にかけている為政者を、かたきのようにののしるのは。
【市民一】 心にかける! ヘッ! そんなおぼえはないね。こちとらは飢え死にするというのに、やつらの倉は穀物でいっぱいだ。金貸しに都合のいい条例をつくって、高利貸しの便宜をはかる。金持ちの横暴をおさえるための法律は、つぎつぎに廃止し、貧乏人をしばりあげるための苛酷な法令を毎日のようにだす。戦争で殺されなきゃ、やつらに殺される。これがやつらのお慈悲というものだ。

……冒頭より


購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***