「シラノ・ド・ベルジュラック」

エドモン・ロスタン/岩瀬孝訳

ドットブック  234Bテキストファイル 133KB

500円

当代随一の才気ある詩人であり、勇猛果敢な剣士でもあるシラノは、唯一その顔のまんなかを占める巨大で醜い鼻のコンプレックスに悩んでいた。美女ロクサーヌへの純真な恋心も鼻のまえには率直に告白することができない。シラノは恋敵の貴公子クリスチャンの影法師として生きる。……波乱万丈、痛快無比、決闘あり、百人切りあり、駄じゃれ、毒舌、雄弁、名せりふに満ち満ちた、おもしろさ、楽しさ完全保証の悲喜劇。岩瀬氏の臨場感あふれる闊達自在な翻訳でどうぞ。
立ち読みフロア
【子爵】 〔馬鹿にして〕ふん、詩人風情(ふぜい)が!……
【シラノ】 そうとも旦那、詩人も詩人! それも人並みの詩人じゃない。チャリンチャリンと斬(き)り合いながら――ええおい!――思いつくままにバラッド一編、即興で詠(よ)んでさしあげよう。
【子爵】 バラッドだと?
【シラノ】 バラッドぐらいはご存知でしょうな?
【子爵】 だが一体……
【シラノ】 〔詩の授業でもやっているように暗誦する〕バラッドとは、八行詩を三節組み合わせて……
【子爵】 〔地団駄ふんで〕えい、もう!
【シラノ】 〔続けて〕四行の反歌一連を加うるものなり……
【子爵】 き、君という男は……
【シラノ】 バラッドをつくるのと決闘とを一度にやってみせるからな。そして、反歌の終わりに一突き参るぜ。
【子爵】 そうはさせんぞ!
【シラノ】 へえ、そうかね。
〔朗誦して〕
『このブルゴンの館にて、ベルジュラックの君、兵六玉(ひょうろくだま)と果し合いのバラッド』
【子爵】 いったい全体そりゃ何だ?
【シラノ】 こういう題をつけたってことさ。
【場内の客】 〔すっかりおもしろがって〕席につけ!――おもしろいぞ!――並べったら!――静かにしろ!
〔それぞれ座についてそのまま一瞬静止する。野次馬は平土間に輪をつくる。侯爵も士官も町人や下層民と入りまじる。小姓はよく見ようとして人々の肩によじのぼる。桟敷の婦人たちは総立ち。上手にド・ギッシュとその率(ひき)いる貴族たち。下手にル・ブレ、ラグノー、キュイジイその他〕
【シラノ】 〔ちょっと目をとじて〕待ちたまえ!……どういう韻(いん)をふむか考えるからな……よし、もういいぞ。
〔以下、次々に口にするとおりを実行していく〕
 洒落(しゃれ)た手つきで 帽子を投げて
 足手まといの巾ひろマント
 まずはゆったり ぬぎすてて
 抜けば玉散る 氷の刃(やいば)
 セラドン好みの この伊達姿(だてすがた)
 スカラムッシュの 早業(はやわざ)の主
 申し上げるが マルミドン殿
 反歌の終わりで 一突き参る
〔初めて剣を交える〕
 雉子(きじ)も鳴かずば 撃たれもせぬに
 とんだ間抜(まぬ)けの 七面鳥の
 どこを刺そうか 脇腹へんか?
 浅黄(あさぎ)だすきの 下なる胸か?
 ――剣の響きは 丁々発止!
 この尖先(きっさき)が ひらめくところ!
 やはり狙(ねら)いは……その太鼓腹
 反歌の終わりで 一突き参る

 そろそろ歌の 文句も尽きた……
 一足退(さが)るか 色蒼ざめて?
 腰抜け武士とは よく言ったもの!
 ――おうと受けたる その太刀(たち)先に
 かけた望みの 打ち込みも無駄、
 隙(すき)で誘えば そら来た受けた
 なまくら刀が 落ちるぞ、ふぬけ!
 反歌の終わりで 一突き参る
〔重々しく宣告する〕
 反歌
 殿御(とのご)よ最後の 祈りをなされ!
 一足かわして ちと競(せ)り合って
 切りこみ さそって……
〔踏み込んで突き入れ〕
 えい! これでもか!
〔子爵よろめく。シラノ一礼して〕
 反歌の終わりで 一突き参った!
〔歓呼の声。さじき席の喝采。花やハンカチの雨。軍人はシラノを取り巻いて祝意を表わす。ラグノーは大喜びで踊り回る。ル・ブレも嬉(うれ)しそうだが、同時に心も痛めている。子爵の友人たちが子爵を支えて連れ去る〕
【群集】 〔尾を引く叫び声で〕わーい!……
【一人の軽騎兵】 すばらしい!
【一人の女】 すてきねぇ!
【ラグノー】 どえらいこった!

……《第一幕第四場 ブルゴーニュ座でのド・ヴァルヴェール子爵との決闘の場》


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