「好色女傑伝」(上下)

ブラントーム/鈴木豊訳

(上)ドットブック 427KB/テキストファイル 247KB

(下)ドットブック 449KB/テキストファイル 271KB

各1000円

16世紀ルネサンス末期のフランスはサン・バルテルミの虐殺に象徴される宗教対立の激動の渦中にあった。だが、宮廷を中心に営まれる上流社会は性的に奔放そのものだっだ。本書はその時代の貴婦人たちにまつわる性的エピソードを、歯に衣を着せぬ、大胆でおおらかな筆致で描きつくした艶笑文学の古典的名作。ギリシア・ローマの娼婦や皇帝にまつわる話も満載。閨事のひめごと、同性愛、糞尿譚にいたるまで、性の百科と言ってもよい。

ブラントーム(1535?〜1614)南フランスの名門貴族の出で、軍人としてヨーロッパ各地を転戦し見聞を広めた。40歳過ぎに落馬事故に遭い故郷に隠退すると、余生をもっぱら回想録の執筆に費した。「フランス著名武将伝」などが知られるが、「好色女傑伝」は今もなお広く読まれている。

立ち読みフロア
 間男との不義密通の根源になるのも、ご婦人がたなら、宿六どもをコキュ(*)にするのもご婦人がたというわけだから、この「貴婦人聞書(ききがき)集」のなかに、女性のはなしばかりでなく、世の男性どもの噂話もまとめてこの講を書き加えたいと思う次第である。
(*)語源はおそらく、ブラントームの云うとおり「四月の鳥カッコー」と思われる。「寝取られ亭主」の意味ではすでに、十三世紀中葉から用いられ、ルネサンス時代の詩人ギョーム・ブーシェは、「カッコーという名はその鳴き声に由来するものだが、またこの美しい鳥がほかの鳥の巣に卵を産むということをとりあげ、その対照の妙から、ほかの男に、自分の巣へ卵を産まれた男をコキュと呼んでいる」と書いている。なおコキュにされた間男にはその額に角が生える、といい伝えられるが、その由来は明らかではない。この語をもっともポピュラーなフランス語にしたのは、十七世紀のモリエールの喜劇であった。
 この企てたるや、まことに大それた仕わざで、たとえ終りを全うしたいと思ったところで、とうていやり遂げられるものではないことは、筆者もばんばん承知のうえのこと。なにしろ男どもの噂ばなしにしろ女どものゴシップにしろ、パリの会計検査院の書類にしても、こうした手合の噂半分も書きつくせないほどどっさりあろうというものだ。とはいうものの、根(こん)をかぎりに書き続け、それもかなわぬその時には、筆を投げ出し、その筆を悪魔にひき渡すか、そうでなければこの稿のあとを続けてやろうという、どこかの奇特なご仁にお願いするつもりで、たとえこの稿に筋も骨もなくとも、この点ひらにご容赦願いたい。なにせこんな手合は男といい女といい、その数たるやゴマンといるし、その性格たるやまちまちでとりとめのないこと、たとえ三軍を叱咤する歴戦の武将といえども、とうてい整然と並べることもできないありさまだから。
 時こそまさに春四月、季節といえばうってつけ、その名もぴったりコキュの狩猟シーズン、気まま身ままに、筆者の好きなあんばいに語りつづけるのを許されたい。まった、ここでコキュと書いたはほかでもない、例の枝に鳴くカッコーどりのこと、人間のコキュの話ならば、いやもう年がら年じゅう、シーズンも問わず月も問わず、マスプロで作られるから、いつでもお眼にかかれようというものである。
 ところで、ひとくちにコキュと呼ばれるこの人種にも、どっさり変り種がある。なかでもいちばん最低の、劣等人種は、まこともデマもみさかいなしに、疑心暗鬼の種にして、すぐにむかっ肚を立てるばかりか、相手を撲ったり拷問したり、はては命までおびやかそうという手合である。なにしろ、気違いじみて、危険きわまりない、気紛れで、性悪で、根性曲りで、残忍で、血を見るのが大好きで、人を見ればだれでも女たらしによろめき夫人と思う手合だから、ご婦人がたはよくよく心して、大いに怖るべき相手ではある。
 世の女性にしろ、よろめき相手の男性にしろ、こんな連中はよろしく敬遠して、三十六計逃げるにしくはない。それにしても、筆者の知り合いのご婦人やその情人に、そんなことは屁とも思わぬやからもいる。この連中ときたら性悪亭主といずれ劣らぬ肚(はら)黒さ、その上こんなご婦人方は、男勝りの豪の者で、もし相手の間男が腰抜けならば、なんとかかんとか糞度胸をつけてやるばかりか、渡っている橋が危くなり、ミシミシと音でも立てれば立てるほど、勇気りんりん、太っ肚のところを見せようというあんばいである。また、きれいごとでサラリとやってのけようという見栄も張りもなければ、さればといって野心もなく、ただただあちらのほうの低俗なお楽しみばかりがお眼当てという、べつなご婦人も筆者は存じておる。これこそまことに、「お女郎顔まけのハレンチ女性」とも呼ぶべきやからである。
  ※
 スペインのさる貴婦人、小粋な騎士に王の宮殿に案内されて、人眼につかぬ小暗い片隅を通りかかった折しも、くだんの騎士が、鄭重にスペインぶりの慎しみをみせながらこう申した。
「セニョーラ、相手があなたでなければ、一戦交えるには正に屈強な場所でござるな」
 そこで貴婦人、ただひとこと答えていわく。
「そう、ほんとうですわね、あたくしもあなた以外の男性となら喜んでお相手いたしますわ」
 こんな屈強な場所を見つけながら、騎士にしたってヨダレを垂らし、貴婦人のほうもウズウズしていることをやってのけられなかった相手の腰抜けぶりを、このひとことで非難し、ピタリときめつけたという場面である。もちろんほかの太っ肚の勇士なら、見事に一戦ほこを交(か)わしたに違いあるまい。このことあってというもの、もはや彼氏へのお熱はさめはてて、たもとを分かったというはなしである。
  ※
 噂に聞いたところでは、すばらしい美貌と地位に恵まれた貴婦人が、一夜を同じベッドで過ごそうと、恋人と約束された。ただしその夜は指一本触れてもならぬ、もちろん組んずほぐれつのチンチンカモカモはご法度という強(きつ)いお達し。その恋人は聞きわけよく、はやる心をジッと抑えて、禁欲これつとめ、夜もすがらおとなおとなに過ごし、みんごとご法度を全ういたした。くだんの貴婦人、この夜の仕儀に大いに気をよくされたものか、その後いくばくもなく、恋人にめでたく美果を進上された。
 当の貴婦人が、弁解まじりに申されるには、恋人にあんな条件をつけて、首尾はいかんと見届けたのは、相手の恋心をテストするつもりでなされたとか。さてそれからというものは、貴婦人はその恋人にぞっこん参り、その後は恋慕の心はいや増しに募り、彼はまたの機会に先夜とはまた格別のお楽しみを味わった。もちろんそれは、前とは比較にならぬ、こってりとしたご馳走だったことは申すまでもない。
 この慎しみと申そうか、それとも臆病と申そうか、毀誉褒貶はまちまちで甲論乙駁の論争はあろうが、これについてはそれぞれ両者の気質やご詮議にお任せ申すとしよう。
  ※
 筆者の知るさるなかなかのご身分のご婦人が、ひと夜その情人とベッドを共に過ごすように約束なさった。当の彼氏はりっぱにおつとめを果そうと意気込んで、シャツだけで上着を着ないでご入来という用意周到ぶりであった。ところがなにしろ冬のさなかのこととて、その道すがらの寒さはきびしく、ベッドへ入ったはよいが、ただ体を暖めることばかりに気を奪われて、肝腎かなめのあちらのほうはなにひとつ思うようにならぬ惨憺たるありさま。さすがのご婦人もこれにはほとほと愛想をつかし、それからは相手の威信も地におちたり、といったあんばいであった。
  ※
 これはまた、べつの貴婦人だが、ある貴族とよもやまの話がはずんだ折に、話のゆきがかりでくだんの貴族が、もしそれがしがあなたと共に添い寝できたら、一夜に六発がほどは打物交えて見参いたそうものを、と申された、それというのも、彼氏、このご婦人の美貌にすっかりいかれていたためであるが。そこで婦人が答えていわく。「ずいぶん大げさにご自慢なさいますのね。それではひと夜、あなたのお相手いたしますわ」
 その約束に違わず、彼氏は姿を現わしたが、いざお床入りの段になると、驚くべし、痙攣と、寒気と、極度の神経の緊張におそわれて、ただの一合もほこを交えることさえもよういうことをきかぬありさまで、彼氏にとってはまことについていなかったと申せよう。くだんの夫人が柳眉を逆立てて申すには、「おや、あなた、なんにもできないじゃあないの? それならベッドから出ていってちょうだい。ホテルのベッドじゃああるまいし、ここで気楽にご休憩いただこうと、ベッドをお貸ししてる訳じゃあないのよ。だから、すぐに出ていって!」
 かくして彼氏を厄介払いして、さんざん嘲弄したあげくの果てには、彼氏を厄病神よりお嫌いなされたという。

……巻頭より


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