「闇の奥」

コンラッド/岩清水由美子訳

ドットブック版 144KB/テキストファイル 104KB

400円

作者はイギリス船員時代にコンゴ川流域に出かけたが、そのときの経験が元になって書かれた作品。「闇の奥」とはアフリカ奥地の闇をさすが、同時に人の心の闇、文明の闇をも象徴していると思われる。1902年に発表。モダン・ライブラリーが選んだ「英語で書かれた20世紀の小説ベスト100」に選出されている。

ジョーゼフ・コンラッド(1857〜1924) ポーランド生まれの英国の作家。帝政ロシア支配下の南ポーランドに貴族の息子として生まれた。11歳で孤児となり、母方の伯父の家に引き取られる。のちイギリス船員になり、8年後イギリスに帰化し、結婚して作家生活に入った。名前もそのころに英国風に改めた。処女作「マライ群島のキプリング」が賞讃をもって文壇に迎えられ、以来、未完の長編「サスペンス」を残して急逝するまで、多くの長編、短編、評論、劇作を発表し、イギリスを代表する作家となった。代表作「闇の奥」「密偵」「ロード・ジム」「ナーシサス号の黒人」など。

参考 松岡正剛の千夜千冊『闇の奥』

立ち読みフロア


 遊覧帆船ネリー号は、帆を動かすこともなく潮の流れに揺れながら、錨を下ろしていた。上げ潮になり、風はほとんど凪(なぎ)だったから、河を下るならこのまま潮の変わりめを待つしかなかった。
 テムズ河の水路は、果てしない水路の始まりのように、我々の眼の前に広がっていた。沖合では海と空はひとつとなって溶け合い、輝く空間の中を潮に乗って遡ってくる船の日に焼けた帆は、ワニス塗りの斜桁(しゃこう)が光る中で、鋭く尖った赤い群れをなして静止しているようだった。海に向かって消えていく河岸一帯には、霞が低く立ちこめていた。グレイヴズエンド〔イングランド、ケント州北西部のテムズ河に臨む人口約五万の港市〕あたりでは空気も薄黒く、更に奥の方では悲しみに沈んだ暗黒色となり、地上最大の大都市〔ロンドンを指す。小説の舞台となる一九世紀末には約五〇〇万の人口を擁した〕の上に静かに垂れこめていた。諸会社の重役をしている男が我々の船長で、主人役だった。海の方を見ながら、舳(へさき)に立っている彼の背中を、我々四人は親しみのこもった目で見ていた。このあたりの河一帯で、彼の半分でも船乗りらしく見える者はいなかった。彼は水先案内人のように見えたが、それは船乗りにとって信頼の化身とも言うべきものだ。彼の仕事場があの白く光る河口ではなく背後の垂れこめた暗黒の中にあるとは、理解しがたいことだった。
 他の所で既に言ったことがあるが、我々の間には海という絆(きずな)があった。長い間離れていた為に心が結ばれる上、その結果お互いの話――そして信念に対してさえ寛容になるのだった。弁護士は――中でも最もよくできた老人だったが――徳を重ねて生きてきたから、甲板にある唯一のクッションを独占し、一枚しかない敷物に横たわっていた。会計士は既にドミノの箱を持ちだし、牌を積んだりくずしたりしてもて遊んでいた。ちょうど艫(とも)の方ではマーロウが足を組み、後檣(こうしょう)に寄りかかっていた。頬はこけ、顔色は黄色く、背中をまっすぐに伸ばし禁欲的な容貌をしていたが、両腕を下ろして手の平を外側に向けた様子は、どこか偶像神に似ていた。重役は錨が充分利いているのに満足し、艫の方に来て我々の間に座った。我々は物憂げに二、三言言葉を交したが、その後船の上はまた静かになった。どういう訳か、我々はあのドミノのゲームを始めなかった。瞑想的な気分になり、ただ静かに眺めていたかったのだ。静かでこの上ない輝かしさの中で、一日が穏やかに終わろうとしていた。水面は平和に輝き、空には雲ひとつなく、汚れない光が恵み深く広がっていた。エセックス〔イングランド南東部の州〕の沼沢地の薄い霧は、まるで薄く透き通った輝く織物のようで、奥地の木の茂った丘からかかり、透明な襞(ひだ)となって低い海岸一帯を蔽っていた。ただテムズ河の上流に垂れこめた西の方の薄暗闇だけが、太陽の接近に怒ったかのように、刻一刻と暗くなっていった。
 そしてついに曲線を描きながらわずかに落下すると、太陽は低く沈み、群衆の上に垂れこめたあの暗闇に触れて突然息が絶えたかのように、輝く白色から光も熱もない鈍い赤色へと変わっていった。

……巻頭
より


購入手続きへ


*** 作品一覧へ *** ホームページへ ***