「フランス・デパート殺人事件」

エラリー・クイーン/石川年訳

ドットブック版 241KB/テキストファイル 240KB

600円

エラリー・クイーンの「国名シリーズ」第2弾! ニューヨークのどまんなか、フランス・デパートのショーウィンドーを舞台にしたイベントのクライマックスで、壁のベッドから転がり出たのはデパート社長夫人の射殺死体であった……むろん、このシリーズ共通の、作者から読者への犯人あて挑戦も健在。
立ち読みフロア

 フランス百貨店はニューヨークの中心地、第五《フィフス》アヴェニューのまん中の一画を占めていた。はでな高級住宅地、上町《アップタウン》と、事務所のビルがつづく下町《ダウンタウン》地区との境界線をなすあたりで、ふところの楽なお客と苦しいお客がまざり合ってやって来る店だった。
 昼休みには、その広々とした店内の通路と六階の各階の売場はオフィスガールやタイピストたちで混み合い、午後になると客種の色合いが、がらりとよくなるのである。そんなわけで、この店は、ニューヨークじゅうで、値段が一番安く、最新流行の型で、各種の品物を広く豊富にそろえているというのを売りものにしていた。てごろな値段と、ほかで買えない特殊商品との釣合いをうまく保っている結果として、市中で一番人気のある百貨店だった。そのために朝の九時から午後の五時半まで、フランス百貨店は、買物客やら、ひやかし客で、ごったがえし、その大理石の建物と、多くの翼をとりまく歩道は、通行もむずかしいぐらいだった。
 サイラス・フレンチは、デパート業界の先駆者で、重役陣の助力によって、この強大な組織の財力を握ってフランス百貨店を市の名所にしようとしていた──これは二代にわたるフランス百貨店主の信条であった。アメリカに、実用品や実用衣類の美化運動が波及するずっと以前に、フランス百貨店では、すでに、ヨーロッパ出張員たちと連絡をとって、美術品、美術家具、モダンな子供用品の一般展示会をひらいていたのである。その展示会は大観衆を店にひきつけた。第五アヴェニューに面している大陳列窓のひとつは、もっぱら輸入品の定期的な展示に力を入れていた。それで、その陳列窓はニューヨーク全市民の注目のまとになり、物見高い連中が、いつも、そのガラス窓の前を取り囲んでいた。
 五月二十四日火曜日の朝、十二時三分前に、この陳列窓の重い枠《わく》なしのドアがひらいて、白いエプロンをかけ、白い帽子をかぶった。黒人のモデル女がはいって来た。モデル女は陳列窓の中をぶらぶら歩きまわって、陳列品を鑑賞しているような恰好をし、やがて、予定の、神秘な仕事にとりかかるために、立ちどまって、きりっと、気をつけの姿勢をとった。
 陳列窓の中は、居間と、寝室の間どりで、その斬新なデザインは、パリのポール・ラヴェリー作と、説明板が片隅《かたすみ》に立ててあった。説明板には、ラヴェリー氏の展示許可を得たこと、なお[当店五階にてラヴェリー氏の講演あり]というお知らせがかいてあって、みんなの目をひいた。
 陳列窓の奥の壁にモデル女の出て来たドアがあるだけで、あとはいっさい飾りがなく、パステル・グリーン一色に塗られていた。壁には、大きな、枠なしの、まわりが不等形に切ってある、ヴェネチア風の鏡がかかっていて、壁ぎわに、蝋《ろう》みがきで木理《もくめ》のままの生地《きじ》仕立ての、細長いテーブルが置いてあった。テーブルには、当時、オーストリア独特の近代工芸工場だけから入手できた、くもりガラスの、ずっしりとした虹色のスタンド・ランプがのせてあった。
 風変わりな品々──椅子、わき机、本棚、長椅子などは、どれも型変りで、大胆な意匠で──それらが、陳列窓のぴかぴかな床の、あちこちに置かれていた。両側の壁は、雑多な用途の品々の背景に使われていた。
 天井と両側の壁の照明は、当時、急速に大陸ではやり出した[間接式]だった。
 正午の鐘が鳴ると、陳列窓にはいって来てから、じっと立っていたモデル女が、急に活動を開始した。そのころには、窓の外の歩道は、大変な人だかりで、肩でもみ合いへし合い、むさぼるような目で、モデル女が宣伝を始めるのを待っていた。
 宣伝文がいくつかかけてある金枠を持ち出したモデル女は、長い象牙《ぞうげ》の棒をとり、最初の宣伝ビラの文句をさしてから、おもむろに東側の壁ぎわの、その品物に近より、無言劇で、その構造と特徴とを説明しはじめた。そして、五枚目の宣伝ビラには──このころには見物人は二倍にもふくれあがり、歩道からあふれていた──こんな文句が書いてあった。

壁ベッド
この品は西の壁に
仕込まれていて
見えません。ボタンを押せば
電気仕掛けで出てきます。
この独特のデザインは
ポール・ラヴェリー氏の考案
本邦唯一の
壁ベッド。

 モデル女は、念を押すように、もう一度文句を指さしてから、ゆっくりと西側の壁に歩み寄り、身ぶりよろしく、真珠色の羽目板に取りつけてある象牙の小さなボタンをさし示して、それから、細い指でボタンを押そうとした。そして、モデル女はもう一度、窓の外にひしめく物見高い群衆を見かえした。首という首が、まさに顕現しようとする摩訶不思議《まかふしぎ》を見ようと、張り切って、長くのびていた。
 見たものは、たしかに摩訶不思議だった──その椿事《ちんじ》の勃発《ぼっぱつ》は、見た瞬間、全く思いがけず、じつに奇怪醜悪なものだったので、とても信じられないといった表情が、顔という顔に凍りついた。全く信じられぬ悪夢から、ひきちぎってきた一瞬と言ってもいい──というのは、モデル女が象牙のボタンを押すと、壁の一部が、音もなく、するするとせり出して下がり、折りたたみの二本の小さな脚《あし》がひろげられて、寝台の頭部が突き出し、やがて水平に落ちついた──そして、まっさおな顔で、ひんまがり、髪ふり乱した女の死体が、寝台の絹のシートから、モデル女の足もとにころがり落ちた。着衣には二か所、血がにじんでいた。
 まさに、十二時十五分のことである。

……《
四 王様の馬もそっくり》より


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