「肉体の悪魔」

ラディゲ/江口清訳

ドットブック版 162KB/テキストファイル 91KB

300円

第一次世界大戦中の混乱期をバックに、一青年の人妻によせる恋愛心理を鋭くえぐった早熟夭折の天才ラディゲ17歳のときの処女作品。
立ち読みフロア
 ぼくは多くの非難を受けるだろう。だが、ぼくはどうしたらいいんだ? 戦争のはじまる数か月前ぼくが十二歳だったというのは、それはぼくのせいなのかしら? いうまでもなく、あの非常時におけるぼくの心の動揺は、けっしてあの年頃では味わえるようなものではなかった。しかし外貌(がいぼう)はともかくとして、年齢には変わりはないもので、子供のくせにぼくは、おとなでさえも当惑(とうわく)したような恋愛事件に巻きこまれたのだ。ぼくばかりではない、ぼくの友だちも、年長者とは異った思い出をあの時代にもったであろう。さて、ぼくのしたことを責める人々があるなら、戦争が多くの少年にいかに影響を及ぼしたか、それを考えてみるといい。つまりそれは、四年間の長い休暇であったのだ。

 ぼくらは、マルヌ河のほとり、F…に住んでいた。
 ぼくらの両親は、むしろ男女の交際を禁じていた。が、ぼくらとともに生れ、まだ盲目状態にある本能は、そうすることによって失われるどころか、かえって目覚めてゆくばかりだった。
 ぼくはけっして夢想家ではなかった。ぼくなどよりも物事を信じやすい人びとにとって夢として思われることも、ぼくにあってはガラスの覆(おお)いごしにチーズを眺めている猫のようなものであって、すべてが現実として映った。しかし覆いは存在するが。
 覆いが壊(こわ)れると、猫はそれに乗じる。たとえそれを壊したのが主人であって、そのために手を傷つけたとしても。


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