「悪魔の発明」

ジュール・ヴェルヌ/大久保和郎訳

エキスパンドブック 270KB/ドットブック版 241KB/テキストファイル 153KB

400円

「フュルギュラトゥール」なる革新的な自動推進式砲弾と新式爆薬・起爆剤を発明して、法外な値段で売り込もうとして失敗した失意の天才科学者。彼の心に芽生えた猜疑心と過剰な自負心は、いつしか人間全体に対する復讐を思い立たせるまでに至っていた。そうした彼を巧みに利用しようとする人物は、監視下におかれたこの科学者を拉致し……ヴェルヌ後年のSFの代表作。
立ち読みフロア
 その日――一八九…年六月十五日――ヘルスフル・ハウスの院長が受け取った名刺には、紋章や冠の押印はなく、次のような名前だけがきちんと書かれてあった。
「ダルチガス伯爵」
 この名の下の方の、名刺の片隅に、鉛筆で次のようにアドレスが書いてあった。
「スクーナー船『エッバ』内(パムリコ・サウンド、ニューバーンに停泊)」
 ノースカロライナ――当時のアメリカ合衆国の四十五州の一つ――の首都は、州内におよそ百五十マイルほど入ったかなり大きな町ローリーだった。この都市が立法府の所在地になったのはその位置が中心にあるためだった。なぜなら工業や商業上の重要性でこの町に匹敵するものはほかにもあったからだ――ウィルミントンとかシャーロットとかファイエットヴィルとかエデントンとかウォシントンとかソールズベリとかターバロとかハリファックスとかニューバーンとか。この最後のニューバーンの町は、カロライナ海岸の島や小島から成る自然の堤防で守られた広大な海中湖というべきパムリコ・サウンドに注ぐヌース河の河口の奥にあった。
 この施設を見学することを許してほしいという短い手紙が名刺に添えられていなかったとすれば、どういう理由で名刺を受け取ることになったのか、ヘルスフル・ハウスの院長には見当がつかなかっただろう。その人物は院長がこの訪問に同意を与えてくれることを期待しており、スクーナー船「エッバ」の船長スパードをともなってその日の午後参上するというのであった。
 当時ひじょうに有名で、合衆国の金持ちの病人からひじょうにもてはやされていたこのヘルスフル・ハウスのなかに入ってみたいと外国人が思うのは、誰が見てもきわめて当然なことだった。ダルガチス伯爵のような立派な名の持ち主ではなかったが、すでに他に多くの人々が訪れていた。そして彼らはヘルスフル・ハウスの院長に讃辞を惜しまなかったのである。そこで院長は急いで願いの件に許可を与えることにし、ダルチガス伯爵に喜んで門を開きましょうと答えた。
 最も有名な医師たちが協力し、選り抜きの職員がきりまわしているこのヘルスフル・ハウスは、個人の創立によるものだった。施療院や救済院とは関係がなかったが、政府の監督下にあって、富裕な患者の収容にあてられるこの種の病院に要求される快適と保健のいっさいの条件をそなえていた。
 ヘルスフル・ハウスの条件ほどいい立地条件はなかなか見つかるものではなかった。一つの丘のかげに二百エーカーにわたる庭園がひろがり、カナリー群島やマデイラ諸島と同緯度にある南アメリカのこの地方にふんだんにあるあのさまざまの種類の樹木がそこには植えられている。庭園の下手(しもて)に、パムリコ・サウンドからの微風と、海岸の狭い砂洲(リド)を越えて沖から来る海の風が涼しく吹いている前述のヌース河の広い河口が開いていた。
 金持ちの病人たちが最上の衛生条件のなかで看護されるヘルスフル・ハウスは、広く言えば慢性の病気の治療にあてられていた。しかし経営者は知能の障害をきたした患者にも、その疾患が治療不可能の性格のものでない場合には入院を拒んでいなかった。
 ところで、ちょうど――これが人々の関心をヘルスフル・ハウスに集めずにはおかぬ、そしておそらくダルチガス伯爵の訪問の理由になっているらしい事情なのだが――一人のひじょうに高名な人物がそこで一年半前から特別の保護観察下に置かれていたのである。
 その人物は、名はトマ・ロック、年齢四十五歳のフランス人であった。この人物にある精神病の気味があるということについては疑う余地はなかった。けれどもそのときまで精神医師たちは彼の知的能力が決定的に失われているのを確認してはいなかった。事物についての正しい観念が日常生活の最も単純な行為にも欠けていること、この点はあまりにも明白だった。けれども、人が彼の天才に訴えるときには、彼の理性はすこしも害(そこな)われた様子もなく、強力で、非の打ちどころがなかった。事実、天才と狂気があまりにもしばしば境を接していることは周知の事実ではないか! 彼の情意能力もしくは感覚能力がひどくそこなわれていることは確かだった。これらの能力を働かさねばならぬとなると、それは譫妄(せんもう)と意想奔逸(いそうほんいつ)となってしかあらわれなかった。記憶の喪失、注意能力の欠如、意識も判断も失われているのだ。このトマ・ロックはそうなると、理性を奪われ、自立することができず、動物にすらも欠けていないあの本能――自己保存の本能――さえ奪われた人間にすぎなくなり、目を離すことのできない子供のように世話をやいてやらねばならないのだった。それゆえ、ヘルスフル・ハウスの庭園の下手の彼の占めている十七号病棟では、看護人は夜昼問わず彼を見ていなければならなかった。
 ふつうの狂気は、それが不治でない場合にも精神的方法によってしか癒(いや)され得ない。医学や治療学はここでは無力であり、その無効性はもうずっと昔から専門家によって認められている。この精神的方法はトマ・ロックの場合に適用可能であるか? たといヘルスフル・ハウスのあの静かな健康な環境にあっても、それについては疑うべき理由があった。事実、不安、気分の変化、いらだちやすさ、性格の偏窟(へんくつ)さ、憂鬱(ゆううつ)、無関心、まじめな仕事も楽しむことも好まないこと、こういうさまざまの症状がはっきりとあらわれていた。いかなる医者もこれを見誤ることはなかったろう。いかなる治療もこれを癒し、または緩和することはできないように見えた。

……《一 ヘルスフル・ハウス》より


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