「過去を掘る」

C・L・ウーリー/平田寛訳

ドットブック版 595KB/テキストファイル 63KB

400円

ウーリーは古代メソポタミアのシュメールの都市、ウルの発掘で有名であるが、なによりも現代的な手法を開拓し実践した考古学者として偉大であった。本書はイギリスBBC放送の6回にわたる講演をもとにまとめられたもので、一般読者むけのわかりやすい「現代考古学入門」である。

チャールズ・レナード・ウーリー(1880〜1960)イギリスの考古学者。ロンドンに生まれる。オックスフォード大学を卒業後、同大アシュモリアン博物館に勤務し、のちにミノス文明を発見するエヴァンズのもとで考古学をまなぶ。1907〜11年、スーダンのワディ・ハルファ近くのエジプト遺跡を発掘調査。翌12〜14年には、現在トルコ領になっているヒッタイト帝国の古都カルケミシュの発掘隊長をつとめた。ここではアラビアのロレンスとして有名になるT・E・ロレンスも発掘に従事していた。さらに古代エジプト第18王朝の王イクナートンがつくった王都アケトアテン(現テル・エルアマルナ)の発掘もおこなった。メソポタミアでの発掘は1922〜34年におこなわれ、ウルやエル・ウバイドを発掘した。ウルの発掘はウーリーの指揮のもと、大英博物館とペンシルベニア大学博物館によっておこなわれ、その発掘成果は20世紀考古学のもっとも偉大な業績のひとつとされる。主著に「ウルの発掘」「カルデア人のウル」「忘れられた系図」などがある。

立ち読みフロア
 考古学者の方法をお話しするにあたって、その目的に一言ふれておく方がよさそうである。だれだって、古物を発掘することそれ自体が、科学的な目的だとは考えていない。埋もれた宝ものの発見にはスリルがつきものではあるけれども、考古学の仕事について世間にたえず高まってきている興味は、決して劇的な出来事だけにかぎられていない。単なるロマンスの背後には、ほんとうの永久に価値のあるなにものかがある。
 ツタンカーメン王(*1)の墓や、クレタ島のミノス宮殿(*2)やウル(*3)の王墓などの発見を正しく見通すことは、はじめのうちはむずかしい。
(*1)より正しくはトゥト=アンク=アメン(「アメン神の生ける像」といい、エジプト第十八王朝末期の政治的混乱時代の王。この王の墓が一九二二年に、英国のカーナヴォン卿とカーターとによって発掘されたとき、その墓が比較的荒らされていなかったことと、その出土品が目をみはらせるものだったので世界中をあっといわせた。しかしそれらの出土品の歴史的価値はその割にすくない。
(*2)ミノスはクレタ島のクノッソスの伝説的な王とされていたが、一九〇〇年以来、英国のエヴァンズ卿がクノッソスを発掘し、そこに大宮殿を発見してから、この宮殿をミノス宮殿と呼ぶようになった。そしてここに栄えた文明は、紀元前約三〇〇〇年〜同一四〇〇年ごろのもので、クレタ文明またはミノア文明として、こんにちでは古代史において重要な意義をもっている。
(*3)ユーフラテス川下流の右岸にあるシュメール時代以来のいわゆるウル王朝の古都で、最盛期は紀元前二五〇〇年ごろ。ウーリーはここの王墓を発掘して、画期的な成果をおさめた。

 それらが、ものめずらしさのためにほかのものと切り離されるので、焦点をはずれ、わたしたちをまごつかせるのである。だが、やがてのちには、それらはひっこみ、きちんとした視野の中でほかのものとのつながりができ、わたしたちが意識的にも無意識的にもそれぞれの役割をはたしている歴史的背景の一部として、おさまってしまう。シュリーマンがミケーネの宝ものを見つけたとき、世界中をまっさきにびっくりさせたのは、ホメロスの詩が文字通りほんとうであることが立証されたという、彼の信念であった。ところでこんにちではそれらの墓に黄金の仮面をつけたアガメムノン〔トロヤ戦争のときのギリシア軍の総大将〕やクリュタイムネストラ〔アガメムノンの妻〕の屍体がよこたわっているかいないかを議論するものは、ほとんどいないであろう。しかし、ホメロスやギリシャ史のはじまりを考える人にとっては、ミケーネの華やかさと美しさとを心の底に描かないではすませない。
 このごろの自然科学は、わたしたちのひいじいさんたちが最初は不敬だと思っていたような光景を、わたしたちの前にくりひろげている。つまりそういう光景は、ひいじいさんたちにとっては信仰の基礎をひっくりかえしたが、わたしたちにとっては、一段とひろく一段と合理的な土台の上に思考を築きあげることになる。科学は何百万年もの時間をかぞえ、空間をかぎりなくひきのばす。よりひろい見とおしを持つことは、今日や明日のことがらについての関心をうすめることにはすこしもならない。またそれは、わたしたちの実践にはほとんど何の影響もおよぼさないように思えるかもしれないが、そこにはわたしたちの意識の一部があり、ふかく探れば探るほど、ますますわたしたちは自分自身を理解することができるのである。
 考古学は、これをせまい領分でおこなっている。すなわち、数千年にかぎられた時期をとりあつかい、その主題は宇宙でもなく、更に人類でもなく、現代人である。わたしたちは発掘をし、そこから出てくる壷や鍋、小玉や武器が紀元前三〇〇〇年とか四〇〇〇年ころのものだという。すると見物人たちはそれらの年代をわめきたて、それらを、ただ古いものということだけでありがたがる。ところがほんとうの興味はそれらが新しいという事実にある。もしもただ年代だけが目安であるならば、わたしたちの発掘するものなどはすべて、恐竜の化石卵にくらべると問題にならない。またこれに関連してのことだが、地質学的年代で計算するとした場合、人類の生活六〇〇〇年くらいが、一体何になろう。考古学の資料の大切なのは、わたしたち自身に非常に似ている人間の歴史を、つまり、こんにちの文明と結びついている文明を、明らかにする点である。

 ……「第一章 いとぐち」
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