「神曲」ダンテ・アレギエーリ/三浦逸雄訳

 

1 地獄

エキスパンドブック 1.439MB/HTML版 1.1MB/ドットブック 1.092MB/テキストファイル 167KB

2 煉獄

エキスパンドブック 705KB/HTML版 696KB/ドットブック 190KB/テキストファイル 148KB

3 天国

エキスパンドブック 452KB/HTML版 363KB/ドットブック 201KB/テキストファイル 161KB

各800円

「地獄篇」のエキスパンドブック版とHTML版には19世紀のフランスの挿し絵画家ギュスターヴ・ドレの石版画を多数収録、「煉獄篇」「天国篇」にはイタリアの現代画家レナート・グットゥーソの版画を挿し絵に入れました。
◆「神曲」は地獄篇、煉獄篇、天国篇の三部からなり、ひとりの男(ダンテ)がこれらの場所を旅していく物語である。そこは死者の国であり、死者の魂がすむ場所だ。ダンテには二人のガイドがつく。地獄と煉獄のガイドはウェルギリウスであり、天国の案内役はベアトリーチェである。地獄は降りるにしたがって狭くなる漏斗状の地下世界で、そこではありとあらゆる罪に陥った魂の呻吟する姿が描かれる。好色、貪欲、浪費、吝嗇、激怒、怠惰、異教徒、さまざまな暴力、欺瞞、追従、聖遺物売買、占い、詐欺、偽善、盗み、不和、贋金つくり、裏切り……地底には巨大な姿をした魔王ルチフェロが半身を地に埋もれさせ、罪びとを口にくわえて噛み砕いている。
 ようやくにしてそこを出ると、ほの明るい世界で、それが煉獄だ。そこは浄罪の場所であり、山となってそびえ、旅人は山頂めざして登っていく。その過程で、地獄におちる原因となったあらゆる罪のつぐないの方法と手順とが示される。頂上に近い色欲の環道をはいったところが地上の楽園であり、アダムとイブの原罪の場所だ。知恵の木もそこにある。ウェルギリウスはそこまでダンテを導くと別れてゆき、ベアトリーチェが現れる。
 天国は九つの天とそれらを総括する至高の天からなる。九つの天にはそれぞれの役割をもつ天使がおり、神のメッセージを魂に伝える。最上部にある至高の天は、神と天使と、死を超克し、神とともにある歓喜を他者に伝えた至高の聖者の魂だけが住む「秘奥のバラ」とよばれる場所である。ダンテの「神曲」は壮麗な神学的秩序をなして完結する。

●作者 ダンテ・アリギエーリ(1265-1321)
イタリア最高の詩人であり、ヨーロッパ文学の最高峰をきわめた作家の一人。1265年、フィレンツェの貴族の家柄に生まれ、早くから詩に才能を示した。1295年にはジェムマ・ドナーティと結婚したが、名門ポルティナーリ家の娘ベアトリーチェを恋して、その愛が終生を通して創作の源泉となった。1293年に書いた「新生」はその最初の成果だった。1295年ダンテは医薬業組合に加入して政治活動に加わった。しかし、フィレンツェではグエルフィ(ゲルフ)黒党とグエルフィ白党に分かれての内紛が勃発、ダンテの所属した白党は黒党に敗れ、そのときローマにあったダンテはかろうじて命はとりとめたが、フィレンツェからの永久追放と、逮捕されれば焚刑という判決を受ける。以後、ダンテは二度と生まれ故郷にもどることはなかった。イタリア各地の町や王侯の支持をえながら放浪の旅をつづけ、最後にはラヴェンナで死んだ。この間、ダンテは精力的な執筆活動をおこない、「俗語論」「帝政論」などを著すかたわら1307年から「神曲」の執筆にとりかかり、13年後の1321年の死の直前にこれを完成した。

立ち読みフロア
第一歌

ダンテは、暗い森の中にいることに気づく。彼の生涯のなかばの、三十五歳のときである。森は罪ふかい人の世の比喩《ひゆ》だが、その森を出て丘にかかると、豹《ひょう》と獅子《しし》と牝狼《めすおおかみ》に出会う。この三頭の猛獣も、やはり人生の罪の象徴である。進退きわまったとき、ウェルギリウスに会うが、彼はダンテに、地獄と煉獄《れんごく》へみちびいていくことを約束する。この第一歌は、『神曲』全体の序歌のようなもので、物語は、一三〇〇年の春、復活祭の木曜日の夜半から、その翌日の聖金曜日の朝にかけての出来事である。

人のいのちの道のなかばで、
正しい道をふみまよい、
はたと気づくと 闇黒《あんこく》の森の中だった。
ああ、荒涼と 棘《とげ》だって たちふさがる
この森のさまは 口にするさえ せつないことだ。
思うだけでも 身の毛がよだつ!
その〔森の〕苦しさは 死にまさるともおとるまい。
ただ、その森で おもわずうけた僥倖《しあわせ》にふれるためにも、
そこで見たくさぐさのことを わたしは語ろう。

森へどうして入ったのか さだかにいうほどの覚えはない。
そのときはたしか 深い眠りにおちていて、
正しい道を わたしはすてていたのだから。
わたしは とある丘の麓《ふもと》にたどりついていた。
そこは、わたしの心が痛ましく怖《おそ》れになやんだ
あの〔暗い森の〕渓谷の尽きるところだ。
目をあげると、その丘の肩のあたりが、
正しい道を人びとにさし示す
あの太陽の光に はやくも包まれているのが見えた。
その夜は夜っぴて ひどい不安にすごしていたのだが、
こころの底にずっとわだかまっていたあの恐ろしい思いが、
そのときには いくらかおさまっていた。
あたかもそれは、荒れ狂う海からやっと岸へのがれついて
息づかいも荒い〔難破の〕人が、
あやうかった水面をかえりみて じっと目をやるように、
わたしの心も まだそのときは〔怖れから〕のがれ出ようと、
背をふりかえって、生きては人の抜けられない
あの森のあたりに まじまじと見入っていた。
ややあって 疲れたからだが休まると、
人気《ひとけ》もない丘の斜面を わたしはふたたび歩きだしたが、
しっかと踏みつけるのは いつも低い方の足だった。
とある坂にさしかかると、
まだら紋の毛皮をかぶった
すばしこく身の軽い豹が一頭そこにいて、
面と向きあっても避けるどころか
はったと行く手に立ちふさがろうとしたので、
もと来た道へかえろうかと わたしはしきりに背後をふりかえった。

時刻は朝もあけがたで、
太陽が星々をともなって昇っていた。
それは世の初めに、神の愛がそれらの美しいものを動かしたときから、
太陽とともに 空にかかっていたあの星々である。
この朝という時と さわやかな季節のことだから、
目もあやな皮をかぶったその獣を見たからとて、
わたしが何かいいことを期待するのも 無理からぬことだ。
だが、この〔豹の〕怖れを忘れさせたのも束の間のこと、
わたしの眼前には また一頭の獅子があらわれでた。
その獅子は わたしにあたりをつけている様子で、
頭をふり立てて 饑《う》えで狂わんばかりだ、
大気でさえ その獅子には怖れおののいているようだった。
するとまた、牝《めす》の狼が一匹、
痩《や》せこけた身に貪欲のかぎりをつめたと見えて、
すでに人びとにしがない暮らしをさせた奴《やつ》だが、
そのぞっとする面《つら》がまえから
わたしは胆《きも》をつぶさんばかりにおどろいて、
丘をのぼる望みなど とっくに棄《す》ててしまっていたのだった。
それはたとえば、物に執着して手に入れた者が、
やがて時がきて それを手放すはめになると、
胸かきくれて 悲歎《かなしみ》にしずむものだが、
身近にせまってくるその酷薄なけものに
わたしががっくりしたのも それに似ていて、
太陽の黙《もだ》す方へと わたしをじりじり後ずさりさせた。

まさに谷底へおちこもうとしたそのときのことだ、
長らく物をいわないためか 声のかすかすした人がぽつりと
わたしの眼の前に 姿をあらわした。
このすごく荒涼とした境涯でその人を見つけると、
わたしは大声で呼びかけた、「おあわれみください。
あなたは人の影ですか それとも なま身の方ですか」
その人はわたしに、「人間ではない、かつては人間だった者だが。
わしの両親《ふたおや》はロムバルディアの出だ、
生まれ故郷は ふたりともマントヴァ。
わしが生まれたのはユリウスの〔帝《みかど》の〕治下、いやその末期だ、
賢帝アウグストゥスの御代にはローマでも暮らしていた、
たばかりと邪教のはびこった時代だった。
わしは詩人だったから、おごるイリオン〔の城〕が
焼けおちたあと、トロイアから来たアンキーセの
嫡子〔アエネアス〕のことを歌ったこともある。
ところで、きみのことだが、苦しみの満ちみちた谷へ引きかえすというのか。
神々のさちわいたもうあの山になぜのぼらないのだ、
なべての歓喜《よろこび》の初めであり、因《もと》であるあの山を」

「さては、あなたはあのウェルギリウスさまでしたか、
言葉をひろげたあの大河の源になられたお方」
わたしは羞《はず》かしい面《おも》もちで その人に応《かえ》した、
「ああ、詩人という詩人の名誉と光であるお方、
おたすけください、ひたむきな愛情から わたしの長い勉学をとおして
あなたのお作をひもどかせていただいたこのわたしを。
あなたはわたしの師です、わたしのための詩人です。
わたしが名を得たうつくしい歌のすがたを
学びとったただ一人のお方です。
あの獣をご覧ください、あれにわたしは逐《お》われていたのです。
世にひびく賢《さか》しいお方、あれからわたしをお救いください。
あれがわたしの血管も脈も ふるえあがらせているのです」

「この荒れはてた谷から抜けだすというなら、
きみは道をかえる方がいいようだな」
涙ぐむわたしを見て、その人は答えた。
「きみに声を立てさせたあの獣はな、
よそ者には自分の道をとおらせないばかりか、
さんざ痛めつけたあげくに、食い殺してしまうのがおちだ。
生まれついての酷薄無道、
すごく邪悪で 罪ぶかい性質《たち》で
がめつい欲を満たしたことさえなく、
食《くら》ったあとでも 食う前よりもがつがつするという奴だ。
あいつとつるむ獣も多いから、
ヴェルトロ〔猟犬〕が来て こらしめて殺すまでは、
さらにあいつらの仲間はふえるだろう。
ヴェルトロは 領地も金銭《かね》も食おうとはせぬ、
ただ 知恵と愛と徳だけを糧《かて》にするだろう。
その生国は フェルトロとフェルトロの間のはずだ。
そのゆえにこそ、処女《おとめ》カミルラが死に、
エウリアロ、トゥルノ、ニーソなどが傷ついたのだ。
みじめなイタリアは こうして救われる。
ヴェルトロが、もとの地獄へ追いもどすまで
奴らを町々から狩りたてることだろう。
それというのも、嫉妬が奴らをはじめて地獄からおびきだしたからだ。
そこでだ、わしはきみを思うて 手段《てだて》を立てているのだが、
ついて来るがいい。わしが導者になろう。
わしは永劫《えいごう》の場所〔地獄〕へきみを連れていくつもりだ。
そこではきみは、〔昇天を〕望むすべもない叫び声を聞くだろう。
口々に 第二の死を叫んでなげき悲しむ
そのかみの代《よ》の霊たちをも見つけるだろう。
さては焔《ほのお》の燃えるただなか〔煉獄〕でさえ 満ち足りている人を見るだろう。
ときあらば、至福の群れに入る望みをもつ人たちだ。
そのあとで、きみがさらに昇りたいところには、
わしよりもさらに気だかい霊がおられるはずだから、
別れるきわに きみをそのお方におまかせするつもりだ。
というのはな、天上をしろしめすおん皇帝《かみ》が
その国の掟《おきて》にそむいたからとて、
その府《まち》〔天国〕へわしの入ることをよろこばないからだ。
皇帝《かみ》は天上にいまして統《す》べておられる。
そこには その府《まち》と高い玉座《みくら》がある。
選ばれて そこにある者は幸福《しあわせ》だ!」
そこでわたしはいった、「詩人よ、おねがいです。
あなたが〔この世では〕ご存じなかった神のおん名によって、
どうかこの禍いと さらにひどい禍いとから のがれるために、
いまおっしゃった所へおみちびきください。
あのサン・ピエトロの門や あなたの仰《おお》せの
うらぶれた人たちをお見せください」

そのとたんに、その人は歩きだしたので、わたしはそのあとに随《したが》った。

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