「吸血鬼ドラキュラ」

ブラム・ストーカー/平井呈一訳

ドットブック 398KB/テキストファイル 379KB

800円

ヨーロッパの辺境トランシルヴァニアの山中に棲む謎の城主、ドラキュラ伯爵こそは、昼は棺の泥の中で眠り、夜は人々の生き血を求めて暗闇を徘徊する吸血鬼だった。ときには狼やコウモリに、ときには霧に変身して、恐るべきドラキュラは帝都ロンドンへ。次々と犠牲者が出る。それに立ち向かうべく、敢然と戦いを挑む六人の人々の恐怖と戦慄の体験。速記、タイプ、録音で余すところなく記録された吸血鬼の全貌が、ここに描かれる。吸血鬼小説の最高傑作の決定版全訳。

ブラム・ストーカー(1847-1912) アイルランドのダブリン生まれ。トリニティ・カレッジに進み、オスカー・ワイルドと知り合う。官吏になるが、カレッジ時代から観劇にのめりこみ劇評を書きはじめ、その縁で名優ヘンリー・アーヴィングと知り合い、30歳にときにはアーヴィング劇団の秘書になった。このアーヴィングとの付き合いが不滅の名作「吸血鬼ドラキュラ」として結実した。

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 ジョナサン・ハーカーの日記《速記文字による》

 五月三日。ビストリッツ――五月一日、明朝未明に着くというので、午後八時三十五分、ミュンへン発。翌朝六時四十六分着のはずが、列車遅延のため、一時間延着。汽車からチラリと見ただけだが、ブダペストというところはなかなかすばらしい所らしい。列車の延着で、なるべく定時に近くたちたかったので、駅からあまり遠走りするのは気がひけ、町は見物できなかった。このあたりから、いよいよ西ヨーロッパをあとに、東ヨーロッパにはいる――そんな印象をうけた。ダニューブ河には美しい橋がいくつかかかっているが、そのいちばん西のはずれの橋、ここは川幅、岸の高さ、ともに雄大をきわめたところだが、これを渡ると、われわれはトルコふうの風俗習慣のなかにはいっていく。
 頃あいの時間にたってきたので、宵(よい)のうちにクラウゼンブルグ着。ホテル・ロエールに投宿。夕食とも夜食ともつかぬ食事をとる。トウガラシで調理したチキン料理をたべたが、すこぶる美味なり。ただし、あとでやけにのどが乾いた(備忘。婚約者ミナのために料理法を聞いておくこと)。給仕人にきくと、「パブリカ・ヘンドル」という、この地方の郷土料理だそうで、カルパチア地方へ行けば、どこでも出る料理のよし。当地へきたら、怪しげな自分のドイツ語がたいへん役に立つ。じっさい、これがなかったら手も足も出なかったろう。
 ロンドンをたつ前、しばらく自分の自由になる暇がとれたので、大英博物館へ行って、トランシルヴァニアに関する参考書と地図をあさった。あちらの国の貴族とつきあうためには、まずその国の予備知識を仕込んでいくにかぎると思ったからだ。先方から言ってよこした場所は、むこうの国でいうと、いちばん東に寄ったはずれ、――つまり、カルパチア山脈のなかの、トランシルヴァニア、モルダヴィア、ブコヴィナ、この三つの州のちょうど境目にあたる所だということがわかった。ヨーロッパのうちでも、文明にもっとも遠い、世間に知られていない地方である。同国の地図で、あいにくわが国の陸地測量部の地図に匹敵するような精密なものは一枚もなかったので、自分の見た参考書と地図からは、ドラキュラ城の位置、および付近の地形を知る手がかりは、ほとんどなにも得られなかったが、ただ、ドラキュラ伯爵が郵便局のある宿場町だといってよこした、ビストリッツという町は、かなり知名な町だということだけはわかった。そのおり控えておいた覚え書を、若干ここへ挿入しておく。後日、ミナと旅行の話をする際に、記憶をよみがえらすよすがにもなると思うから。
 トランシルヴァニアの住民には、四つの民族がある。南部がサクソン人、これにはダキニア人の子孫のワラキア人の血が混じっている。西部がマジャール人。東部と北部がセクリー人。このセクリー人のなかへこれから乗りこんでいくわけだが、彼らはみずからアッチラ王とフン族の後裔(こうえい)だと号している。十一世紀に、マジャール人がこの地方を征服した際、フン族がこの地に定着していたという事跡があるから、あるいはそういうこともあるのかもしれぬ。ある書物によると世界中のこれはという目ぼしい迷信は、すべてこのカルパチア山脈の馬蹄形のなかに結集されており、その状(さま)、あたかもこの地方が人類の妄想の渦の中心をなしている観あり、といってあるが、だとすると、今回の自分の滞在はすこぶる興味津々(しんしん)たるものになるだろう(備忘。それらの迷信については、伯爵にぜひ聞いてみること)。

……冒頭より

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