「ドラゴンの歯」

エラリー・クイーン/宇野利泰訳

ドットブック 321KB/テキストファイル 200KB

600円

エラリー・クイーンは自分と同じ警察官の息子ボー・ランメルの発案で、いっしょに私立探偵社を経営することになった。ボーは金も出し、足回りの仕事はなんでもやるという。ある日、そこへ億万長者カドマスが現われ、将来、事件を依頼するからという怪しげな条件で、多額の契約金を払っていった。その数日後、依頼人は愛用の豪華なヨットの上で謎の死をとげる。巨万の富を相続することになる二人の娘をめぐってまき起こる怪事件に乗り出すクイーン! 謎ときの興味横溢する本格編! ギリシア神話のカドマスはドラゴンの歯を地中に埋めて多大なトラブルを生み出したのだが…。

エラリー・クイーンは、従兄どうしのアメリカ人作家フレデリック・ダネイ(1905〜82)とマンフレッド・B・リー(1905〜71)の共同のペンネーム。二人は同年、ブルックリンに生まれ、典型的なニューヨーカーだった。1929年、クイーン警視の息子エラリー・クイーンが登場する『ローマ劇場毒殺事件』でデビュー、その後『ギリシア棺謀殺事件』『エジプト十字架事件』『フランスデパート殺人事件』などの「国名シリーズ」、『X』『Y』『Z』『最後の悲劇』からなる4部作の「悲劇シリーズ」など、最高の傑作を生み、アメリカ・ミステリー界を代表する作家となった。のちには「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」(EQMM)を創刊し、編集者・アンソロジストとしても活躍した。

立ち読みフロア
 ボー・ランメル君を紹介しよう。  いや、ちがう。ボー・ブランメルではない。それは一七七八年に、ロンドンで生まれた社交界の花形……こちらはボー・ランメル。かれは一九一四年にニューヨークのチェリー・ストリートの生まれだ。  ボーがその名前を、いい気になって称していたとは思わないでもらいたい。むしろかれは子供のときから、全人類を敵にまわして闘うつもりでいたのだ。自尊心を守るために、ことあるごとに頭をつかった。ときには詭計を弄したこともあったし、バックとかバッチとか、男らしい名前であれば、なんでもいい。変えてみようとしたこともあったが、それもけっきょくむだだった。 「ランメル? ランメルだって? しっかりしてくれよ。それじゃ不足だ。最初にボーとつけるんだ。ボー・ランメルさ──ハッ、ハッ、ハ!」  ボーの個性は、このやっかいな名前のために、るつぼのなかできたえあげられた。十二のとき、調べてみた結果、自分とおなじ名前の人物は、ロンドンきっての伊達男(だておとこ)、流行界の第一人者と知って、その後は衣服に関するかぎり、情熱的な反逆者となった。といったわけで、最近諸君が、傷だらけの手をした、ふた月も着の身着のままで眠ったとしか思えない風采の男を見たら、飢えた浮浪者ではなくて、ボー・ランメルだと考えてまちがいないのだ。  かれの父親、麻薬係のジョニー・ランメル警部は、なにかというとボーが家をとび出すので、いくど胸を痛めたことか。コロンビア法律学校に在学中は、頭はいいが口のわるい学友たちにからかわれるのがいやで、三回逃亡をくわだてた──最初は、河底トンネルの工事場にはいりこんで、シャベルをふるっていたが、たまたまリストニア生まれの屈強な砂堀人に、その秘密の名を知られたことから、契約法の講座へひきもどされた。つぎは三流サーカスの宣伝部員になったが、このエピソードも、巨人ボンゴと称する力芸の男と、血みどろの大げんかをやってのけておわりを告げた。こいつは、伊達男(ボー)などと名乗る相手なら、片手の上にのせられると考えていたらしいが、とんでもない勘違いと知ったのは、殴りたおされて意識をとりもどしたときだった。三度めは六番街のビルディング建築場で、リベット打ちの作業をした。このときは、意地のわるい仲間を追いまわしたあげく、地上四十階の高さからころげ落ちるところだった。そのとき以来、かれはもっぱら、母なる大地からはなれぬところに避難所を求めた。  夏期休暇のあいだにも、機会をみては逃亡した。一度はハリウッド、一度はアラスカ、そして一度は南半球にあこがれて、リオ・デ・ジャネイロ行きの貨物船に乗りこんだ。最後のときは、かれの大きな判断ちがいだった。積荷監督が学のある男で、これがおもしろがって船員たちのあいだに、名前の件をいいふらした。そこでわがランメル君は、わがクリスチャン・ネームにからむ嘲笑に懲罰をあたえるべく、全航海を戦闘にあてる結果になってしまった。まさか大洋を泳いで帰るわけにもいかなかったからだ。  わがエラリー・クイーン氏がかれの名を耳にしたのは、ジョニー警部が死んだときだった。  クイーン警部はこの旧友の死をひどく悲しんで、その息子のために、ひと肌ぬいでやる気持ちだった。 「あの青年は、いまだに定職をもっていない」警部はエラリーに告げた。「学校を出て、弁護士の資格をもってはいるが、それもやる気がないらしい。もっとも、それにはそれだけの事情があるので、いちがいに本人ばかり責めるわけにもいかぬ。第一、この男、回転椅子におさまって、おとなしく仕事をするようには生まれついておらんのさ。いつもせかせか動きまわっている精力家で、しかも海軍の堅パンみたいにタフときている。それこそ、あらゆる仕事を経験してきた──水夫もやったし、リベット打ちもやった。アメリカじゅうを歩きまわって、カリフォルニアではオレンジもぎ、公共事業促進局の手で溝掘り仕事……要するに、ありとあらゆる仕事に手を染めたが、いまだに自分自身を発見していないのだ。ところで、父親に死なれてみると、いままでみたいに、のんきな生活を送ってはおれんはずだ。それに、ボーという男、たいへんな自信家で、なんでもできるとうぬぼれておる。また、実際にできもするのだが」 「名前はなんといいましたね?」  エラリーがきくと、警部はこたえた。 「ボーだ」 「ボー・ランメル?」  そしてエラリーは笑いだした。 「笑うと思ったよ。だれでも笑うんだ。それがボーの十字架だな。ただ、面とむかってからかうなよ──とたんにかれ、凶暴になる」 「警官にしたら、どうなんです?」 「いい警官になるはずだが、いかんせん、落ちつきがない。本人自身は、私立探偵局をひらきたい考えをもっておる」と警部は、にやにや笑って、「たぶん、おまえのろくでもない推理小説を読んだのだろう」 「その若者、気に入りましたよ」クイーン氏はいそいでいった。「会ってみたいものですね」  クイーン父子はミスター・ランメルを、センター・ストリートの西、二ブロックのところにあるルイ・グリルでつかまえた。かれはコーンビーフのサンドイッチで食事をしている最中だった。 「やあ、ボー」警部が声をかけた。 「やあ、おじさん、近ごろ、犯罪のほうはどうです?」 「縁が切れんよ。ところで、ボー、わしのせがれ、エラリーを紹介したい」 「よろしく、ボー君」クイーン氏はいった。  青年はサンドイッチを下において、クイーン氏を周到に観察した。その目と口もとに、蚤(のみ)を掻く犬のような猜疑(さいぎ)のつよい視線をむけていたが、その微笑は、真実、あたたか味のあらわれで、笑いの種にする気持ちなど、かけらほども含まれていないと知ると、傷痕だらけの手を差し伸べて、バーテンに大声で、酒を注文した。警部はやがて、口ひげの茂みに微笑をかくし──気をきかして立ち去った。  これがふたりの美しい友情のはじまりだった。大きな肩幅のからだを、しわだらけの服につつみ、まんまんたる自信と皮肉な目をもったこの青年に、クイーン氏はふしぎな魅力を感じたからである。  その後、エラリー・クイーン秘密探偵局が誕生したのちも、クイーン氏はときどき、どのような経過で、こうした結果が生じたか、われながら怪しんだくらいだった。ルイ・グリルでの会話は、堕落した世界情勢、人間相互間の不信行為、ボーのもつ個人的野望とつづいているうちに、どういう魔術のなせるわざか、とつぜん、ふたり共同しての事業計画に発展していった。 ボー・ランメル君を紹介しよう。
 いや、ちがう。ボー・ブランメルではない。それは一七七八年に、ロンドンで生まれた社交界の花形……こちらはボー・ランメル。かれは一九一四年にニューヨークのチェリー・ストリートの生まれだ。
 ボーがその名前を、いい気になって称していたとは思わないでもらいたい。むしろかれは子供のときから、全人類を敵にまわして闘うつもりでいたのだ。自尊心を守るために、ことあるごとに頭をつかった。ときには詭計を弄したこともあったし、バックとかバッチとか、男らしい名前であれば、なんでもいい。変えてみようとしたこともあったが、それもけっきょくむだだった。
「ランメル? ランメルだって? しっかりしてくれよ。それじゃ不足だ。最初にボーとつけるんだ。ボー・ランメルさ──ハッ、ハッ、ハ!」
 ボーの個性は、このやっかいな名前のために、るつぼのなかできたえあげられた。十二のとき、調べてみた結果、自分とおなじ名前の人物は、ロンドンきっての伊達男(だておとこ)、流行界の第一人者と知って、その後は衣服に関するかぎり、情熱的な反逆者となった。といったわけで、最近諸君が、傷だらけの手をした、ふた月も着の身着のままで眠ったとしか思えない風采の男を見たら、飢えた浮浪者ではなくて、ボー・ランメルだと考えてまちがいないのだ。
 かれの父親、麻薬係のジョニー・ランメル警部は、なにかというとボーが家をとび出すので、いくど胸を痛めたことか。コロンビア法律学校に在学中は、頭はいいが口のわるい学友たちにからかわれるのがいやで、三回逃亡をくわだてた──最初は、河底トンネルの工事場にはいりこんで、シャベルをふるっていたが、たまたまリストニア生まれの屈強な砂堀人に、その秘密の名を知られたことから、契約法の講座へひきもどされた。つぎは三流サーカスの宣伝部員になったが、このエピソードも、巨人ボンゴと称する力芸の男と、血みどろの大げんかをやってのけておわりを告げた。こいつは、伊達男(ボー)などと名乗る相手なら、片手の上にのせられると考えていたらしいが、とんでもない勘違いと知ったのは、殴りたおされて意識をとりもどしたときだった。三度めは六番街のビルディング建築場で、リベット打ちの作業をした。このときは、意地のわるい仲間を追いまわしたあげく、地上四十階の高さからころげ落ちるところだった。そのとき以来、かれはもっぱら、母なる大地からはなれぬところに避難所を求めた。
 夏期休暇のあいだにも、機会をみては逃亡した。一度はハリウッド、一度はアラスカ、そして一度は南半球にあこがれて、リオ・デ・ジャネイロ行きの貨物船に乗りこんだ。最後のときは、かれの大きな判断ちがいだった。積荷監督が学のある男で、これがおもしろがって船員たちのあいだに、名前の件をいいふらした。そこでわがランメル君は、わがクリスチャン・ネームにからむ嘲笑に懲罰をあたえるべく、全航海を戦闘にあてる結果になってしまった。まさか大洋を泳いで帰るわけにもいかなかったからだ。
 わがエラリー・クイーン氏がかれの名を耳にしたのは、ジョニー警部が死んだときだった。
 クイーン警部はこの旧友の死をひどく悲しんで、その息子のために、ひと肌ぬいでやる気持ちだった。
「あの青年は、いまだに定職をもっていない」警部はエラリーに告げた。「学校を出て、弁護士の資格をもってはいるが、それもやる気がないらしい。もっとも、それにはそれだけの事情があるので、いちがいに本人ばかり責めるわけにもいかぬ。第一、この男、回転椅子におさまって、おとなしく仕事をするようには生まれついておらんのさ。いつもせかせか動きまわっている精力家で、しかも海軍の堅パンみたいにタフときている。それこそ、あらゆる仕事を経験してきた──水夫もやったし、リベット打ちもやった。アメリカじゅうを歩きまわって、カリフォルニアではオレンジもぎ、公共事業促進局の手で溝掘り仕事……要するに、ありとあらゆる仕事に手を染めたが、いまだに自分自身を発見していないのだ。ところで、父親に死なれてみると、いままでみたいに、のんきな生活を送ってはおれんはずだ。それに、ボーという男、たいへんな自信家で、なんでもできるとうぬぼれておる。また、実際にできもするのだが」
「名前はなんといいましたね?」
 エラリーがきくと、警部はこたえた。
「ボーだ」
「ボー・ランメル?」
 そしてエラリーは笑いだした。
「笑うと思ったよ。だれでも笑うんだ。それがボーの十字架だな。ただ、面とむかってからかうなよ──とたんにかれ、凶暴になる」
「警官にしたら、どうなんです?」
「いい警官になるはずだが、いかんせん、落ちつきがない。本人自身は、私立探偵局をひらきたい考えをもっておる」と警部は、にやにや笑って、「たぶん、おまえのろくでもない推理小説を読んだのだろう」
「その若者、気に入りましたよ」クイーン氏はいそいでいった。「会ってみたいものですね」
 クイーン父子はミスター・ランメルを、センター・ストリートの西、二ブロックのところにあるルイ・グリルでつかまえた。かれはコーンビーフのサンドイッチで食事をしている最中だった。
「やあ、ボー」警部が声をかけた。
「やあ、おじさん、近ごろ、犯罪のほうはどうです?」
「縁が切れんよ。ところで、ボー、わしのせがれ、エラリーを紹介したい」
「よろしく、ボー君」クイーン氏はいった。
 青年はサンドイッチを下において、クイーン氏を周到に観察した。その目と口もとに、蚤(のみ)を掻く犬のような猜疑(さいぎ)のつよい視線をむけていたが、その微笑は、真実、あたたか味のあらわれで、笑いの種にする気持ちなど、かけらほども含まれていないと知ると、傷痕だらけの手を差し伸べて、バーテンに大声で、酒を注文した。警部はやがて、口ひげの茂みに微笑をかくし──気をきかして立ち去った。
 これがふたりの美しい友情のはじまりだった。大きな肩幅のからだを、しわだらけの服につつみ、まんまんたる自信と皮肉な目をもったこの青年に、クイーン氏はふしぎな魅力を感じたからである。
 その後、エラリー・クイーン秘密探偵局が誕生したのちも、クイーン氏はときどき、どのような経過で、こうした結果が生じたか、われながら怪しんだくらいだった。ルイ・グリルでの会話は、堕落した世界情勢、人間相互間の不信行為、ボーのもつ個人的野望とつづいているうちに、どういう魔術のなせるわざか、とつぜん、ふたり共同しての事業計画に発展していった。


……
冒頭より

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