「江戸の盗賊(二)」

三田村鳶魚著

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400円

享保期になって急激にふえた火付け盗賊、非人のなりたちと親玉、ならびに火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)の活躍、「大岡越前守のさばき」「天一坊」「武士のゆすり」「筒もたせ」「抜け荷買い」そして巧みに立ち回った盗賊の親玉・雲霧仁左衛門まで、興味つきない江戸の盗賊史、その二。

三田村鳶魚(みたむらえんぎょ)(1870〜1952)東京生まれ。本名、玄龍。新聞記者として日清戦争に従軍。寛永寺で得度。明治43年(1910)に『元禄快挙別録』を著して以降、考証にもとづく江戸時代の研究に従事。多くの著作をまとめ、江戸学の祖といわれる。稲垣史生氏も、鳶魚の薫陶をうけた一人である。

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富士川端の捕物

 享保になりますと、火付盗賊というやつがなかなか多い。享保五年八月十六日の夜中に、大岡越前守の番所へ送り込まれたのは、さざ浪伝兵衛といって、十人力あるといわれた火付盗賊の頭(かしら)で、その組下の者が七十人ほどあったといいます。
 この手の者が火付をやったのは、おおよそ十八度というのですが、このさざ浪伝兵衛をつかまえようとした時には、もう風を喰って逃げてしまって、江戸にはいなかった。それから与力・同心が追跡して、まだ遠く行くはずはないというので、だんだん追い込んでまいりますと、小田原でやっと見つかりました。が、何しろ大変力のあるやつですし、腕前も強いのですから、大いに働いて、そこから逃げてしまった。そこでまた穿鑿を始めたのですが、なにぶん行方が知れませんので、品川の非人頭(ひにんがしら)松右衛門の手下の乞食ども二十人に命じて、行方を探らせました。この時分には、穿鑿に非人を使うことはよくあったので、例によって非人に捜索させたのです。
 そうすると、今度はこの非人どもが、富士川の手前のところで見つけました。さざ浪伝兵衛御用だ、おれ達は江戸から捕方(とりかた)を言い付けられているのだ、というわけで、乞食どもがわいわい騒ぐ。一体はこういう者どもの手で押えるものではない、居所がわかれば同心衆へ知らせるのが役目なのですが、何しろ往来筋で見つけたのだから、そうしている暇がない。じきに押えにかかったのです。伝兵衛は悠々とその乞食どもを見返って、何を騒ぐのだ、手前等の手でどうにもなるおれではない、と言っている。乞食どもの方は、手前が何ほど強くとも、御威勢でつかまえる、逃げられるなら逃げてみろ、と言って騒いでいると、伝兵衛は水音高く富士川へ飛び込んだ。非人どもの方にも水練の心得のある者がおりますから、続いて二人ばかり飛び込みますと、大変強いはずの伝兵衛が、水の中で立ちすくみになって、まるで死んだような有様になってしまった。早速引っ張り上げて、縛ることはできませんから、いわゆる簀巻(すま)きというやつで、ぐるぐる巻きにする。ややあって伝兵衛は正気に返って、しきりに無念がる。そんなことには構わないから、とにかく引き立ててついに大岡越前守の番所へ送り込んだというわけです。

 伝兵衛はもう年貢の納め時だと覚悟したのでしょう。だんだん凶状を自白したのですが、その中にこういうことがある。自分は相当な町人の倅(せがれ)に生れたが、博奕が好きな上に悪所(あくしょ)通いをして、悪所の友達というものができた、しかも隣町にいる男で、ごく懇意なのがありましたが、その者がひどく金に困る。金に困るのは悪所通いの常だが、それをこしらえなければ面目がない。四十両ばかりの金ではあるが、男の面目にかかることだから、と言って伝兵衛に頼んだ。それを聞かないというのも、友達甲斐がないわけだから、引き受けてその金を才覚してやると、友達はたいそう喜んで、まずその礼を懇(ねんご)ろに述べて、中脇差を一本持ってきた。これは、返金のできるまで、かたというわけではないが預ってくれ、というので、とにかく預ることにした。それからその刀を心得のある者に見せると、なかなかこれは作物(さくもの)で、売買すれば二三百両ぐらいするものだという。それを伝兵衛が見ていると、何かその刀が好もしい、自分が欲しくなった。
 しばらくたって、友達が金を持って返しに来て、この間お預け申した刀を、どうぞ返してもらいたい、と言った。別にかたに取ったというわけでもなく、お礼にもらったのではもちろんない、金をかえされてみれば、脇差を返さないわけにはゆかないけれども、伝兵衛は何だか欲しくて返す気になれない。実はこの間の脇差は、その後私も苦しいことがあって、品川の友達のところへ預けて金策をしたので、今手許にないが、これから一緒に行って受け返してお渡し申そう、と言って、その友達を連れて出かけた。そうしてわざと日を暮らして、夜になって鈴ヶ森へさしかかった。ここで刀が欲しいばかりに、その友達を殺して、刀も金も両方取ってしまった。それから物を取るという癖がついて、とうとう泥坊になって、火付盗賊の頭分になるという成行きをたどった。
 それから後相当に年数がたっていたのですが、非人に富士川の川端で取り囲まれた時に、面倒だと思ったから、川へ飛び込んだ、その時にその友達の亡霊が現れて、先年むごくおれを殺した、あれを忘れはしまいな、と言って、身体へかじりつかれるような心持がしたかと思ったら、水中で手足がすくんで、泳ぐこともどうすることもできなくなってしまった。放心したような具合になって、気がついてみたらもう縛られていた、というのです。何だかこれは泥坊の話じゃない、まるで怪談みたいな話ですが、こうして火付盗賊で名高いさざ浪伝兵衛は、捕えられて、鈴ヶ森で処刑されました。

……冒頭より

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