「江戸小咄商売往来」(上・中・下) 

興津要著

(上)ドットブック版 148KB/テキストファイル 31KB

(中)ドットブック版 168KB/テキストファイル 44KB

(下)ドットブック版 192KB/テキストファイル 36KB

各200円

好評の「江戸小咄春夏秋冬」の続編。上巻は《季節を売る》で、江戸の名物でもあったさまざまな行商人を正月の「扇売り」「宝船売り」から年末の「ふぐ売り」まで21編を収める。中巻は《日用品を売る》で、「油売り」から「肥取り」まで37編を、また下巻は《さまざまな店・有名品》で、江戸で人気のあった店、商品をあつかう28編を収めた。洒落好きだった江戸町人の好みが躍動する

興津要( おきつかなめ)(1924〜99) 栃木県生まれ。早稲田大学文学部国文学科卒業、同大教授。専門は近世後期の滑稽本と明治期の落語、戯作、ジャーナリズムで、江戸小咄、川柳、古典落語研究の第一人者です。

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宝船売り

 お宝お宝と大音声に呼ばわったり(宮島五丈原)
 という句があるが、大正時代までは、元日と二日の宵に、「お宝お宝、今夜の初夜の初夢」と言って、宝船売りが売り歩いた。
 一月二日の夜、一枚刷りの宝船の絵を枕の下に敷いて寝ると、よい初夢を見るという縁起物だが、この風習は、室町時代からおこなわれたらしい。
 ただし、古くは、船のなかに稲穂をえがいた図、船に米俵を積んだ図で、
 宝舟布袋の方へかしぐなり(柳56)
 という句のように、七福神が宝船に乗っている図柄になったのは、江戸時代になってからのことだろう。
 この七福神の絵には、「なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな」という、上下どちらから読んでも同音の回文歌が書かれている。

【正月二日】
 二、三人寄りあい、はなして居る所へ、「宝ふね、宝ふね」
 と、売って来る。
「なんと善兵衛さん、宝船を買いましょう」
 と、宝船を呼び込み、
「二、三枚ください。これは、どうするものじゃ」
商人「はい、この宝船は、今宵寝しなさる時、お枕紙になさると、至極よい夢を御覧じます」
善「それは、よいことじゃ。この七福神が、福でもさずけるであろう」
商人「それは知れませぬ。まず、今宵、ものはためし、枕にあてて御覧じまし」
善「貴様が、そう言うことなら、まちがいもあるまい。待て、待て、何か歌が書いてある。なかきよのとおのねふりのみなめさめなみのりふねのおとのよきかな。おつな歌だの」
商人「それが、上からお読みなされても、下からお読みなされても、同じことでござります」
善「なるほど、これは、下から読んでも、上から読んでも同じことじゃ。商人どの、この上から読んでも、下から読んでも同じ歌は、詠み手は、たれじゃぞや」
 商人こまり、あたまをかきながら、
商人「詠み手は」
善「たれじゃ」
商人「はい、助高屋高助さ」
(寛永十三年刊『馬鹿大林 』)

 上下どちらから読んでも同じという、回文的芸名の歌舞伎俳優助高屋高助の詠歌とは、みごとな思い付きだった。
 これが明治以後ならば、落語家三遊亭遊三というアイデアもあったろうが……。
『守貞漫稿』に、「正月二日、今夜、宝船の絵を枕下に敷きて寝るなり。昔は節分の夜これを行わる」とあるように、古くは節分の夜、立春の明けがたに見る夢を初夢と称した。
 それは、正月の諸種の事始めが二日なので、初夢も二日になったのだろう。
 はつ夢や鷹ふところにぬくめ鳥(蓼太)
 初夢に猫も不二見る寝様かな(一茶)
 などの句もあるように、最良の初夢として、「一富士、二鷹、三茄子」と言われているが、そのいわれについては、諸説あって、あきらかではない。
 その諸説とは、「一説に駿河の名物を云(いう)といえり」(『俚諺集覧』)とか、「楽翁の語られしは、世に一富士、二鷹、三茄子ということあり。この起りは、神君駿城に御座ありし時、初茄子の価貴くして、数銭を以て買得る故、其価の高きを言わんとて、まず一に高きは富士なり。その次は足高山なり、其次は初茄子なりといいし、ことなり」(『甲子夜話』)とか、「せによき夢とて、一富士、二鷹、三茄子というは、何の故とも弁え難し、駿河などの国の諺とは見えたり。其国の名物を言にや」(『嬉遊笑覧』)とかいうものだった。

【夢】
 あるむすこ、富士と鷹と茄子を夢に見て、
「一富士、二鷹、三茄子というから、これほどよい夢はあるまい」
 と、親父に話せば、
親父「それは、よい人が見れば、至極よいが、われ(おまえ)が見ては悪い」
 と言う。
むすこ「なぜでござる」
親父「はて、借金が富士の山ほどあるを、たかで(どうせ)なす(返済する)ことはならねえ」(寛政二年正月序『落話花之家抄』)

 夢〈一富士、二鷹、三茄子〉も、こんなふうに解釈されてはたまらない。

……「上巻」 より

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