「エジプト十字架事件」

エラリー・クイーン/石川年訳

ドットブック版 271KB/テキストファイル 249KB

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エラリー・クイーンの「国名シリーズ」第5弾…小学校校長の首なし死体はT字形の道標にキリストさながらに磔(はりつけ)になっていた。そこはT字路にあたり、そのうえ被害者の家のドアにはTの字が血で塗りたくられていた。事件は迷宮入りかとみられたが、半年後、まったく場所を変えて再び「T殺人事件」は起こった…クイーン円熟期の秀作。
立ち読みフロア

 事のおこりは、ウェスト・ヴァージニア州の、小さな村アロヨから半マイルほどはずれた二本の道の交差点で始まった。一本の道は、ニューカンバーランドからピュータウンに通じる主要道路であり、もう一本の道は、アロヨに行く分かれ道である。
 その地形が重要なのに、エラリーはすぐ気がついた。それとともに、最初の一目で、その他にも多くの事柄を見てとったが、あまりにも矛盾にみちている証拠に、手もつけられない感じだった。てんでんばらばらなのだ。一応しりぞいて、考えてみなければならなかった。
 コスモポリタン〔世界主義者。ここでは特別の郷土愛を持たぬ人〕のエラリー・クイーンが、十二月も末の、しかも午後二時だというのに、寒い、泥々(どろどろ)な、ウェスト・ヴァージニアのフライパンの柄のように突出した地方で、おんぼろ競走車、デューゼンバーグのそばに立って小首をかしげなければならないようになった事情には、少し説明がいる。非常に多くの原因が積み重なって、こんな珍現象を生む結果になったのだ。その一つの原因は――もとはといえば――エラリーの父、クイーン警視にすすめられて、休みがいもない休暇をとったからだった。老警視は警察官会議とも呼ぶべきものに、足をとられていた。シカゴの治安が例によってかんばしくないので、警察長官が、主要都市から優秀な警察官を招集して、管轄内の嘆かわしい無法状態を、ともに嘆こうという寸法なのだった。
 珍しく元気な警視が、ホテルからシカゴ警察本部へ急ぐ途中、一緒に行ったエラリーは、初めて、アロヨ付近でおこった怪事件――UP通信社が、いみじくも《T殺人事件》とレッテルを貼った犯罪――の話を知ったのである。新聞の記事には、エラリーの興味をそそる要素が非常にたくさんあった――たとえば、アンドリュー・ヴァンが首を切られて、はりつけにされた、しかもクリスマスの朝だ――そんな事実があったので、エラリーはすぐに、たばこの煙が立ちこめるシカゴの会議場から父を引っぱり出して、デューゼンバーグに乗せて――信じられぬほどスピードの出る中古のおんぼろ車で――東部へ向かったのである。
 警視は、息子(むすこ)の言いなりになる父親だったけれど、案の定、すぐに上機嫌を吹っとばした。シカゴから――トレドを通り、サンダスキイを通り、クリーヴランド、ラヴェンナ、リスボンを通り、イリノイ州と、オハイオ州の町々の客になり、ウェスト・ヴァージニアのチェスターに着くまで――途中、ずっと、老警視は、むっつりと黙りこんだままで、時々きこえるのは、ご機嫌をとるようなエラリーの、一人しゃべりと、デューゼンバーグの排気のうなりだけという有様だった。
 二人はアロヨに着いたのも知らずに通り越していた。というのはアロヨは人口二百人ぐらいの小さい部落だからだ。そして……T字型の交差点に来た。
 頂上に横木がついている道標は、車が道のつきあたりにすべり込む前に、はるか遠くから、がっちりしたその黒い形が見えていた。アロヨ道路は、そこで終り、ニューカンバーランド=ピュータウン街道と直角に交わっているからである。そこで、道標はアロヨ有料道路の出口に面していて、片腕は東北のピュータウンを、もう一方の腕は南西のニューカンバーランドをさしていた。
 警視が、がみがみどなった。「勝手にしろ。ばかなまねをしおって。ばかばかしくて話にならんぞ。わしをこんなところまで連れ出しおって……つまらん殺し沙汰で……わしは知らんぞ――」
 エラリーは車の点火キイを切って、車を降り大股で歩いて行った。道には人かげはなかった。鋼(はがね)のような空にくっきりとウェスト・ヴァージニアの山々がそびえていた。足もとのほこりっぽい道は、ひびわれて、こちこちだった。身を切る寒さで、刺すような風がエラリーの外套(がいとう)のすそをばたつかせた。そして前方に、アロヨの変り者の小学校長、アンドリュー・ヴァンが、はりつけにされた道標が立っていた。

……《
一 アロヨのクリスマス》より


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