「エレクトラ」
(オレステス/ポイニケの女たち)

エウリピデス/内山敬二郎訳

エキスパンドブック 197KB/テキストファイル 125KB

300円

父親アガメムノンを母クリュタイメストラと愛人アイギストスに殺されたエレクトラとオレステスの姉弟が、力をあわせて二人を殺害する復讐劇。アイスキュロスの「灌奠(かんてん)を運ぶ女たち」(「アガメムノン」所収)、ソポクレスの「エレクトラ」(「オイディプス」所収)はまったく同じテーマを扱っているので、読み比べてみると面白い。ここには、後日談「オレステス」とアイスキュロスの「テーバイを攻める七将」と同じテーマを扱った「ポイニケの女たち」を収めた。
立ち読みフロア
(農夫、その家から出て来る)
【農夫】おお、古き都のアルゴスよ、イナコスの流れよ! 先にアガメムノン王は、一千の軍船で兵を卒いて、あそこを出てトロイアの地に渡られたのであった。そしてイリオスの地の支配者プリアモス王を殺し、ダルダノスの名だたる都を占領して、アルゴスヘと帰還され、異邦人どもから奪い取った数々の分捕り品を、いや高き神殿に掲げられたのだった。だが、あちらでは幸運に恵まれなさったが、お館では、お妃クリュタイメストラ様の謀略で、テュエステスの子アイギストスの手にかかって亡くなられた。タンタロスの古くからの王笏《おうしゃく》を後にして逝ってしまわれたので、今はアイギストスが国を支配している、先王のお妃、あのテュンダレオスの娘を妻としたからだ。先王がトロイアへ渡られる時に、お館に残して行かれたのは、男のお子のオレステス様と、王女様のエレクトラ様だが、オレステス様は、アイギストスの手で殺されるところを、お父様の養育係りだった老爺《じいや》が盗み出して、ポーキスのストロピオス様の所へ送り、そこで育てて貰うことにした。エレクトラ様の方は、お父様のお館に残っておられたが、娘盛りになられると、ヘッラスのお偉い殿方たちから結婚の申し込みがあった。しかしアイギストスは、立派な旦那様のお子が生まれて、アガメムノン様の仇討ちをするのが恐かったので、王女様を館に止めおいて、誰にもお嫁にやろうとはしなかった。しかしそれでもまだ、知らぬ間に偉いお方の子供が生まれはしないかと、いっそ殺してしまおうと思ったのだが、お母様が、残忍なお方ではあるけれど、アイギストスの手から王女様を救って下さった。夫を殺したのには理由もあったが、子殺しの罪で憎まれるのは恐しかったのだ。そういうわけで、アイギストスはこんな策を考え出した、この土地から逃げ出したアガメムノン様のお子については、彼を殺した者には賞金をやるといい、エレクトラ様は、わしにくれて妻にさせた。わしとてミュケナイの祖先から出た者だ、その点、難はない、ただ資産の点になると素寒貧だ、そうなると家柄もからっきしさ。無力な者にやって心配を帳消しにしようってんだからな。名のあるお方が、あの人をお嫁にしたら、眠っているアガメムノン様の血を呼び覚して、正義がアイギストスに降《くだ》るかもしれんでなあ。だが、キュプリスも照覧あれ、このわしという男は、あの女《ひと》の閨房《ねや》を汚しはしなかった。あの女はまだ処女のままだ。偉いお方のお子を嫁に貰って、辱かしめるなど畏《おそ》れ多い。わしの生まれはそんなんじゃないものなあ。名前だけはわしの義弟の、あの不幸なオレステス様のことを思うと溜息が出る。もしもあの方がアルゴスへ帰って来られて、姉様の不幸な結婚を御覧になったら! だが若い娘を家《うち》へ入れながら、手を触れないなんて馬鹿な奴だという者がいたら、自分自身が卑劣なので、その卑劣な心の物差しで、人の誠実さを量るからだと知るがいい。

(エレクトラ、水瓶を頭に載せて出て来る)
【エレクトラ】おお、真黒な夜よ、黄金の星どもの育ての親よ! その夜の間に、わたしはこの瓶《かめ》を頭に載せて、川の流れに運んで行きます。そんな必要があるわけではないが、アイギストスの暴虐を神々に明らかにするため、また父上のために、大空に嘆きの声を送るために行くのです。あのテュンダレオスの非道の子、わたしの母が夫を喜ばすためにわたしを館から追い出した、そレてアイギストスとの間に他の子供たちを産んで、オレステスとわたしを館から除け者にしようというのです。
【農夫】可哀そうに、なんだってわしのためにそんなに苦労して働くのだ、以前は良い育ちなのに、わしがいくらいうても止《や》めようとしない?
【エレクトラ】わたしはあなたを神様のように大切なお方と思っております。こうしたわたしの不幸のさなかにも、わたしを辱しめはなさらなかったのですもの。不幸を癒して下さるお医者が見つかるなんて、人間にとって大変な仕合わせですわ、わたしがあなたに出会ったようにね。ですから、たといお言い付けでも、わたしとしてはできる限り、あなたの荷が軽くなるように、お骨折りを助けてあげ、あなたと苦労を共にしなければなりません。あなたには外の仕事がどっさりあります、家の中を調えるのはわたしの務めです。外で働いて帰る者には、家の中がきれいなのはよいものですからね。
【農夫】そう思うなら行くがいい、泉も家から遠くはない。わしは日が出たら、牛共を野良へ牽いて行き、畑に種子を蒔こう。なまけ者が口先きで神々を崇めても、骨を祈らずには生計《くらし》は立てられぬからのう。

……「エレクトラ」冒頭

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