マンスフィールド短編集

「園遊会」

キャサリン・マンスフィールド/江上照彦訳

ドットブック版 179KB/テキストファイル 170KB

500円

母の主催する園遊会に心浮き立っていたローラは、晴れ上がった当日、張り切って準備の手助けに精を出す。そのときクリームパフを届けにきた店員から、すぐ近所に住む馬車屋が事故で死んだことを聞かされる…子ども5人と奥さんが残されたと。ローラの心は沈み、園遊会の中止を母に頼むが「ばかなことを」と一蹴される。園遊会がぶじにお開きになったあと、ローラは残った食べ物をバスケットに入れてその家を訪ねるが(「園遊会」)…抒情詩のような短編集。

キャサリン・マンスフィールド(1888〜1923)ニュージーランドのウェリントン生まれ。ロンドンのクイーンズ・カレッジを卒業。23歳のとき短編集を出して文筆活動にはいるが、その大きな後ろ盾となったのは批評家マリーとの同棲だった。しかし肺結核に病み、フランスへ転地、以後35歳で亡くなるまで大陸とロンドンを行き来しながら執筆を続けた。生まれ故郷を舞台に孤独な女性の日々の暮らしを綴った作風は、好きだったチェーホフの影響を受け、代表作のほとんどがこの短編集「園遊会」にまとめられている。

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 で、つまり、天気は理想的だった。たとえ注文してみたところで、これより園遊会向きの日は手に入らなかったであろう。風はなく、暖かで、空には一点の雲もない。ただ、その蒼《あお》さを初夏におりおり見かけるように、淡い金色の靄《もや》がおおっていた。夜明けから庭師が立ち現われて、芝生《しばふ》を刈り、掃き、もう、芝草から、さきごろまでひな菊の植わっていた黒ずんだ花床までが、磨《みが》いたようになった。薔薇《ばら》はといえば、薔薇こそ園遊会で人の心をとらえる唯一の花、誰一人知らぬ者とてない唯一の花だと、ちゃんとみずから心得ている風情《ふぜい》だった。何百の、文字通り何百の薔薇が、一夜にして咲き出でたので、まるで天使の群《むれ》が舞い降りて来たかのように、緑の茂みはうなだれた。
 朝食もすまない前から、もう人夫たちが天幕を張りにやって来た。
「お母さま、どこに天幕を張りましょう?」
「あのね、わたしにきかなくてもいいのよ。今年は万事あなたたち子供に計らってもらうつもりなの。お母さまだということを忘れて。お客さま待遇にお願いよ」
 でもメッグには、出て行って、人夫たちの指図はできそうもなかった。彼女は、朝食の前に髪を洗っていたので、緑色のターバンを頭にまき、黒い濡《ぬ》れた巻毛を両頬にぺったりくっつけたままにして、コーヒーを飲んでいた。ジョーズは蝶々《ちょうちょう》のように、いつも、絹のペティコートに、キモノ風のジャケツを羽織って下に降りて来るのだから仕様が無い。
「ローラ、あなた行ってね。あなたうまいんだから」
 ローラは飛んで行った、バタつきパンの切れを手にしたまま。外でものを食べる口実ができたのは有難いし、それに、彼女は物事のお膳立《ぜんだ》てをするのが好きだった。誰よりも上手にやれると、いつもそんな気でいた。
 シャツ一枚になった四人の男が、庭の小径に集っていた。彼らは帆布《ほぬの》にくるんだ棒杭《ぼうぐい》をもち、そうして大きな道具袋を肩にかけていた。ゆゆしげな様子だった。で、ローラは、例のバタつきパンをもって来なければよかったと思ったが、それをどこにおきようもなく、といって、放り棄てるわけにもいかなかった。男たちの傍に歩み寄りながら、顔を赤らめ、つとめていかめしい顔つきをして、少し近眼のようにさえよそおった。
「おはよう」と、彼女は母親の声を真似ていった。ところが、それがとてつもなく気取ったふうに響いたので、彼女はすっかり恥かしくなってしまって、幼い女の子のようにどもった、「あ――あの――あんたたち来たのは天幕のことでしょう?」
「そうです、お嬢さん」なかでもいちばん背の高い、ひょろひょろの、そばかす顔の男がそういって、道具袋をずらし、麦わら帽をちょいとうしろにはねて、彼女を見おろしながら笑った、「まあ、そんなところです」彼の微笑は、気易く、人なつこいので、ローラも元気が出た。何ていい眼をしてるんだろう、小さいが、芯《しん》から濃い碧《みどり》! 次いでほかの連中を見てみたが、彼らもまた笑っているのだった。「さあ、朗らかになさい。噛みつきはしませんよ」と、いっているような彼らの笑いだった。職人て何て素敵なんだろう! それに、何て美しい朝! 朝がどうなぞいってはいられない、事務的にならなくてはいけないのだ。天幕は。
「ねえ、百合《ゆり》のある芝生のあたりはどうかしら? いけないかしら?」
 といって、彼女は、バタつきパンをもっていないほうの手で、百合の芝生の彼方を指さした。彼らはふり向いて、その方角をじいっと眺めた。小柄の太った男は下唇を突き出した、のっぽの男は顔をしかめた。
「うまくありませんな」と、彼はいった、「あんまり目立ちませんぜ。天幕みたいなもんではね」――彼は持前の気易な様子でローラのほうを向いて――「あっしの言葉でいえば、お嬢さんは、どこかそれが眼にがあんとぶつかってくる所に建てたいんですね」
 ローラの育ちからすると、「眼にがあんとぶつかる」なんていいぐさは、婦人に対して失礼ではないかとも、ちらと思わされたのであったが、彼のいう意味はよくわかった。
「テニス・コートの隅は」と彼女は思いつきをいって、「でも、どの隅にかバンドがくることになってるのよ」
「へえ、バンドをよぶんですか?」ちがった職人がいった。彼は青白い顔をしていた。暗い眼でじいっとテニス・コートを見渡しているその顔つきは、憔悴《しょうすい》して見えた。何を考えているのだろう?
「ほんの、ちっぽけなバンドなのよ」ローラはおだやかにいった。バンドがちっぽけだからといって、おそらく彼は大して気にもとめないであろう。だがその時、背の高い男が口をはさんだ。
「ほれ、お嬢さん、あそこですよ。あの木立をうしろにして。向うのほう。あそこなら申し分ありませんな」
 カラカの木の前のところ。するとカラカの木が隠れてしまう。広い葉は艶やかに光っており、黄金色《こがねいろ》の実が鈴なりになっていて、とてもいいのに。誇らかに、一本きり、太陽に向って葉と実をさし伸べながら、しいんとしたままに光彩を放っている何かそんな無人島に生えているとも想われるような木だった。なのに天幕で隠さなくてはいけないのかしら?

……《園遊会》冒頭より


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