「愛の妖精」

ジョルジュ・サンド作/篠沢秀夫訳

エキスパンドブック 294KB/ドットブック版 224KB/テキストファイル 145KB

525円

フランス中部のベリ地方の農村を舞台に、双子の兄弟と田舎娘ファデットが織りなす愛の物語。彩りあふれる自然描写を背景に、清新な若者の愛の発露を描いたサンドの田園小説の最高傑作。「魔の沼」もどうぞ。

ジョルジュ・サンド(1804〜76) パリ生まれ。本名オロール・デュパン。4歳の時ベリ地方の祖母に預けられ、祖母の死後は知人宅のもとで育った。18歳のときデュドヴァン男爵と結婚するが、性格の不一致からノイローゼになりまもなく離婚。28歳、ジョルジュ・サンドの名で『アンディアナ』を発表し、一躍文名をたかめる。多くの男性と浮き名を流し、結婚と離婚を繰り返しながらおびただしい著作を発表した。ショパンのパトロンであり理解者であったことは有名。72歳、ノアンで亡くなった。

立ち読みフロア
  コッス村のバルボおやじは暮らしむきが悪くはなかった。その証拠に村会議員になっていた。畑を二つ持っていて、家族の食べ料になっていたし、おまけにもうけも上がっていた。自分の草刈り場から荷車が何台もいっぱいになるほど、《まぐさ》がとれ、小川のそばにあって少々《あし》がじゃまになっている分を除けば、これはこの土地で第一等といわれる《まぐさ》だった。
  バルボおやじの家は、かわら屋根のりっぱな普請(ふしん)で、高台に立って風通しもよく、みいりのいい菜園(さいえん)と一日で耕すには六人も人手がいるぶどう園がついていた。それからしまいに、納屋(なや)のうしろには、この土地でくだもの畑(ウーシュ)と呼んでいるみごとな果樹園があって、くだものが、《すもも》でも《黒桜んぼ》でも、《なし》でも《ななかまど》でも、しこたまあふれていた。それにまた、その囲いになっているくるみの木立は二里四方ではいちばん古く、いちばん太かった。
  バルボおやじは度胸のいい男で毒がなく、ひどく家族思いだが、だからといって隣近所や村の人達を踏みつけにするわけではなかった。
  バルボがもう三人の子持ちだったとき、バルボのおかみさんは、五人分のものはたっぷりあるし、なにしろもう年だから急がなくてはとでも思ったらしく、すっぱりと一度にふたり生んでしまった。まるまるとした男の子ふたりだった。そして、どっちがどっちだか、ほとんど見分けがつかないほど同じようだったので、《ふたつっ子(ベッソン)》、つまり完全に似ている種類の双生児(そうせいじ)だと、すぐにわかった。
  サジェットばあさんが生まれたふたりを前掛けで取り上げてくれたが、最初に生まれた子の腕に針で小さな十字をつけるのを忘れなかった。ばあさんのいうには、リボンだの首輪だの、まぎれやすいものでは兄の権利をなくしてしまうかもしれないからだった。こどもがもっとしっかりしてきたら、けっして消えないようなしるしをつけなくてはいけない、ということだった。それはそのとおり守られた。上の子はシルヴァンと名がついたが、まもなくシルヴィネにした。名づけ親になってくれた長兄と区別するためだった。下の子はランドリと呼ばれ、洗礼のときにもらったとおりの名だった。名づけ親になった叔父は小さいころからランドリッシュと呼ばれつけていたからだった。

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